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決して窓ガラスに映る自分を視界に入れないようにしながら白月は加賀井の答えを待った。どうか自分だと断定できるような特徴を彼が口にしないことを必死に心の中で祈る。
少し考える間を置いて加賀井が答えた。
「好きなタイプっていうのはないな」
意外にも一般的で汎用性の高い回答を寄越され、肩すかしを食らった。同時に、変に身構えていた自分に心の中で苦笑しながらほっと胸を撫で下ろす。
「なるほど、好きになった人がタイプってわけだな」
よくあるパターンだ。もちろん好みは人それぞれあるだろうが、年齢を重なれば重ねるほどそれに固執しなくなる傾向にある。特に三十路を目前に控え結婚も考える付き合いとなれば、好みのタイプなどにこだわっていられなくなる。『好きになった人がタイプ』という言葉は、表面上は寛容なものに聞こえるが、実は年齢と諦観を重ねた故に身についたしたたかな柔軟性にすぎないのではないだろうか、とも思う。
だから、少なくとも見目においては女性から掃いてて捨てるほどの好意を寄せられそうな目の前の男が、このしたたかな柔軟性を含んだ言葉を選んだのは意外だった。しかも加賀井がその言葉を口にしても、卑屈さも、したたかさも感じられないからまた嫌みだ。
加賀井は顎に手を当て少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「……好きになった人がタイプ、というのとは違うな。それだとまるで好きな人が次々にできていくみたいじゃないか」
加賀井の言葉に白月は戸惑った。彼の声がどこか非難がましい響きを持っていたからなおさらだ。好きな人が次々にできていく、というと見境がないような言い方だが、しかし恋が実らなければ新たな恋を見つけるのは至極当然の流れであり、そこに非難されるいわれはない。
白月は腕を組んで、唸りながら答えた。
「うーん、確かに見境がないようだけど、でも実際は好きになった人と付き合えるとは限らないし、時間がたてばまた好きな人ができる、そういうものだろ」
「俺は、そうはならなかった」
恋愛経験が決して豊富ではない白月の曖昧な返答を、間髪入れず加賀井が遮った。その声は毅然とすらしているのに、なぜか奥底から滲む苦々しい感情を否めない。
加賀井はじっとこちらを見詰めていた。いや、睨んでいたと言った方がいいのかもしれない。そう思わせるほど鋭い眼光に、思わず身が竦む。
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