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「そうか。でも山下と話している時、白月はすごく楽しそうだった」
「山下?」
突然、彼の口から出てきた名前に眉を上げる。山下山下山下……、と頭の中で繰り返しながら記憶をたぐり寄せる。
「ああ! 山下か!」
快活な笑みが特徴的な少年の顔を思い出し、白月は拳を叩いた。
山下は、二人のクラスメイトでありクラスの中心人物的な存在だった。しかし彼に威張った感じはなく、誰とでもグループの垣根なく接することができるその屈託のない性格こそが、クラスの人気者の由縁だった。山下とは、とあるマイナーな漫画好きという共通点があり、その漫画の最新巻が出るとよく感想を語り合っていたものだ。
「懐かしいな。確かに山下とはよく話したなぁ」
「すごく楽しそうだった。俺なんかと話すよりよっぽど……。だから俺は白月はああいう明るくて話の盛り上がるタイプが好きなんだと思ってた」
懐古の想いに緩んだ白月の頬が思わず強ばった。加賀井の言葉が、申し訳ないほど事実だったからだ。加賀井との息苦しい会話に比べ、山下とのテンポのいい会話は心地よく、単純に楽しかった。いつも話し掛けてくれないかと心待ちにしていたものだ。
明るくて話の盛り上がるタイプ――、それとは絶望的なまでに真逆のタイプの男が、じっとこちらを見詰めている。その目はどこか不安げだったが、だからといって刹那的な憐れみで手を伸ばせばその腕ごと捕らえられ闇の底に引きずり込まれてしまいそうな、そんな不穏な影が潜んでいた。
「それは友達の話だろ。友達と騒ぐのは楽しいけど、やっぱり恋人とは静かに言葉なくとも通じ合える、そんな関係がいい」
言葉を慎重に選んで答えると、彼の眼差しから不穏な影がスッと消えた。「そうか」とだけ答えて、加賀井は食事を再開した。それにならって白月も残りのステーキを口に運ぶ。冷め切った肉は、一口目の感動が嘘だったかのように味気なかった。噛む度に腐りかけた血のような肉汁が口の中に広がった。
****
「大丈夫か?」
白月の肩を支える加賀井が訊ねてくる。しかし酔いで五感のほとんどが酒漬けにされたかのように各々の機能を果たさないため、彼がどんな表情をしているか分からなかった。視界に入るもの全てが目眩と吐き気の渦の中に飲み込まれてしまう。
「ご、ごめん……」
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