【Kindle Unlimited配信中✨】殺し屋の初めての殺意【サンプル】

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 酔いの滲んだ舌を何とか動かす。とても大丈夫といえる状態ではなかったが、大丈夫ではない正直に言えるほど子供でもないので、とりあえず謝った。  混沌とした視界の中で首を横に振る気配が頬をかすめた。 「いや、謝る必要はない。俺がどんどんワインをすすめたからだ」  確かにメインディッシュの後から加賀井のワインを飲む量が増えた。奢ってもらっている身として勧められては断れずそれに付き合ったが、しかし量としてはさほど行き過ぎたものでもなかった。恐らく慣れない高級レストランや食事に対する緊張や加賀井を騙しているという後ろめたさ、そして会話からひしひしと感じる彼の白月への不穏な好意に対する怖気、それらのせいで精神的に疲れていたところにとどめのように酒が入ってきたからこんなにも情けないほどに酔ってしまったのだ。  カチャ、と目の前から鍵が解ける硬い音がした。自分の家に着いたかと思ったが、よく考えなくとも加賀井が自分の家を知っているわけがないし、そもそもエレベーターから降りてからまだホテルを出てすらいない。  顔を上げると、ぼんやりとした視界にドアの形が見える。豪奢な装飾が施されたそのドアを加賀井が開ける。  ここはどこなのかと問うとしたが、嘔吐の予兆が舌の先まで迫ってきて白月は慌てて口をおさえた。吐き気を察したのか、加賀井の大きな手が背中を撫でた。 「大丈夫か?」  何とか吐き気を胃の底に沈めて頷いた。 「このまま帰るのはきついだろうから部屋をとった。ゆっくり休め」  彼がそう言い終えると、白月の体はベッドに沈んだ。胃の中のものとは対照的なシーツの清潔な香りに少しだけ吐き気が和らいだ。 「吐きそうか? もし吐きそうならトイレまで連れて行くが……」  白月はゆるゆると首を横に振った。吐き気は幾分おさまっていたし、さすがにそこまで面倒はかけられない。いざとなれば自分で這ってでもトイレに行こうと思った。 「そうか。一応ここにゴミ箱を置いておくし、もしトイレに行きたかったらいつでも言ってくれ。肩を貸す」  白月の前でベッドのスプリングが微かに軋む音がした。どうやらツインの部屋のようだ。 「水もある。ベッドサイドに置いておくから飲みたい時に飲んでくれ」
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