122人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「……好きだ」
一際甘い熱を含んで、目元のほくろにキスを落とされる。加賀井が白月の上から退いたのか、それとも白月の意識が途切れたのか、加賀井の微熱を帯びた気配がスッと消えた。
瞼に降り積もる眩さに、ゆっくりと目を開けた。カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。体をゆっくりと起こす。自分の家とは明らかに違う部屋の様相と、胃の底に淀む不快感に眉を顰めた。
「おはよう」
声の方を向くと、少し離れたソファに加賀井が腰をかけてテレビを見ていた。胸元に汗ばんだ手や柔らかな唇の感触が蘇って、白月はハッとして自分の胸元を見た。しかしネクタイは解かれていなかったし、シャツのボタンもきれいにとまっている。
「体調は大丈夫か? まだきつければチェックアウトの時間を延ばしておくけど」
加賀井がちらりとこちらに視線を向ける。淡々とした口調だが、ちゃんと気遣っているのが分かる声だった。よく見るとテレビは無音で、画面下に字幕がついている。恐らく自分を起こさないための配慮だろう。
白月は恥ずかしくなって思わず俯いた。こんなにも自分を気遣ってくれているのに、自分はなんて自意識過剰な夢を見てしまったんだろう、と羞恥と自己嫌悪が胸の中に苦く広がった。
「だ、大丈夫。ごめん、いろいろ迷惑かけて。その上部屋までとってくれて……」
謝りながら部屋の内装を見る。普通のホテルとは広さも装飾も設備も何もかもに雲泥の差があった。そのことに一層申し訳なさが募った。
「この部屋、高いだろ? ごめん、今度ちゃんと払うから……」
「別にいい。気にするな。俺が飲ませすぎたのが悪かったんだし」
「でも……」
「それより朝食はどうする。ルームサービスで持って来てもらえるけど」
食い下がる白月を遮るようにして、加賀井がこちらに革製のメニュー本を軽く投げて寄越した。昨夜より体調はだいぶマシだが、まだ食事を受け入れられる気がしない。何よりこれ以上、自分のためにお金をかけさせるのは申し訳ない。
「まだ胃が重いから朝食はいいや。ありがとう」
白月はそっとメニュー本をベッドサイドに置いた。
「そうか。じゃあ俺はレストランで何か食べてくるから、白月はゆっくりしていてくれ。シャワーもあるから使うといい」
最初のコメントを投稿しよう!