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瑠璃とは、映画のようにとまではいかなくとも愛し愛されている関係だと思っていた。しかし実際は単なる金目当ての偽りの愛だったし、自分だって彼女のことを本当に好きだったのか今になっては分からない。自分のことなんかを好きだという希有な存在に浮かれていただけなのかもしれない。だから騙されてしまったのだろう、と心の中で失笑する。
「まぁ、共感できないっていうか、ひがんでいるのかもしれないな」
おどけて言ってみたのに、加賀井はくすりとも笑わず真顔でじっとこちらを見ていた。冗談が滑った上に、哀れまれているようで居たたまれない気持ちになる。
オムライスにかかるデミグラスソースをスプーンで落としながら気まずい沈黙をやり過ごしていると、加賀井がぼそりと呟いた。
「俺もそういう愛し愛されっていうのはよく分からない」
白月は少し驚いた。その声がいつもと違って、迷いや曖昧さを少なからず含んでいたからだ。視線を上げると、加賀井と目が合った。相変わらずの無表情だが、目元には微かに感情らしきものが漂っているように見えた。
「そういう幸せそうな恋愛には縁がなかったからな。だから白月の言っていることも、何となく、分かる」
いつも自分の考えや事実を冷静すぎるほどに簡潔に話す加賀井には珍しく、辿々しささえ窺える口調だった。そこで初めて、加賀井が自分に共感しようとしていることに気づいた。本当に共感しているかは分からないが、彼なりに白月の意見に寄せようとしてくれているのだ。何となく白月が暗い気持ちになっていることを察したのかもしれない。
そんな加賀井の辿々しい共感に、胸が少し温かくなる。いつも会話を途絶させてしまう加賀井が、不器用ながら自分のために優しい言葉を紡ごうとしていることが単純に嬉しかった。
「……ありがとう。分かってもらえてよかった」
「そうか、それならよかった」
安堵の溜め息を含んだような声でそう言うと、加賀井はお冷やを口に運んだ。
その後は特に何も話さなかったが、不思議と気まずさを感じなかった。二人の間に落ちる沈黙が、こんなにも息苦しくないのは初めてのことだった。
レストランを出て、駅に向かう。まだ冬の冷たさが微かに残った春の夜風が頬を撫でた。
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