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しかしいくら、ごめん、の一言を待っても、加賀井の唇が動く気配はない。告白をするのと同じくらい、告白を断るというのも言い淀むものなのかもしれない。白月は助け舟を出すようにして口を開いた。
「ごめん、急に困るよな。本当に気にしなくていいから。返事も無理にしなくていい。ただ気持ち伝えたかっただけだし。……じゃあ俺タクシー拾って帰るわ」
これで加賀井がただ見送るだけなら自分は振られたということになる。相手も言葉を選ぶよりずっと楽だろう。断りを言葉にしないでいい道を作って白月は立ち去ろうとした。
しかし、白月が背中を向けると、ガッと強く腕を掴まれた。振り返ると、加賀井がじっとこちらを見つめていた。白月の腕を掴む手が微かに震えている。
「……俺が好きって本当か?」
そう問われて、鼓動が動揺の音を零す。もちろん、加賀井は白月が金のために告白しているだなんて知らないだろう。決して白月を疑っているわけではない。それでも心臓を握りつぶされるような後ろめたさにすぐに嘘をつけない。彼の瞳があまりに真剣に、そして純粋に肯定を求めていたからだ。
罪悪感に抗いながら何とかコクリと頷く。すると、加賀井は握った腕を引き寄せそのまま白月を抱きしめた。一瞬、このまま殺されるんじゃないかと思うほどの強さで、思わず身が竦んだ。
「……嘘みたいだ」
ぼそりと加賀井が呟いた。表情は見えないが、その声が今までに聞いたことがない幸せに満ちた柔らかい声だったので、自分を抱きしめるこの男が本当にあの加賀井なのか分からなくなった。
「俺も……俺もずっと白月のことが好きだった」
甘い告白に、白月の心は絶望に落とされた。
もう逃げられない。彼の好意がはっきりした今、もう自分は否が応でも伊巻の復讐劇に最後まで付き合わなければならなくなったのだ。
「嬉しい。本当に嬉しい……」
ぎゅっと抱きしめる腕に力がこめられる。不意に、加賀井の体温にあてられるように密着した部分から、あの日ホテルで彼に触れられた感触がじわりと息を吹き返した。それを皮切りに、自分の名前を呼ぶ甘い声や、タオル越しの精液入りのコンドームの感触が、蓋が外れてしまったかのように頭の中に溢れた。体が震えそうになるのを、背中に手を回し抱き返すことで誤魔化すと、加賀井が笑って頭上に柔らかな吐息がかすめた。
「夢みたいだ……」
うっとりと夢見心地の声で加賀井が呟いた。夢であればどれだけいいことか……。白月は心の中で暗い溜め息を吐いた。
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