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秋
夏休みが終わり、学校祭も終わり、九月もあと少しで終わる。秋の気配が感じられないほどに気温の高い日々が続いていた。真夏のあの時ほどではないが、まだ暑い。
天気予報では真面目そうなお兄さんが指示棒を片手に、台風が日本列島に接近中だと言っていた。雨が降っていない日でも風が強く、空は灰色で染まる。いつ雨が降り出すかわからないので、傘が手放せない。
学校は中間テストの期間に入った。今度は何点取れるかな。テスト期間には近くの図書館や学校の図書室に勉強をしに来る生徒が増える。真面目に勉強をしている生徒に紛れて、おしゃべりばかりしている生徒が先生に帰宅を促されることも恒例行事だ。私は一緒に勉強をする友達がいないのでまっすぐ家に帰る。いつも通り学校の裏口から。
「今日は母親はいないんだな」
「毎日仕事から抜けられるわけではないから」
あの日、私は母に送り迎えはいいと言った。しかし、娘が心配なのか私に、今日は午後から仕事だから送れるよ、とか買い物行くついでに迎えに行くよ、とかそういうことを母はほぼ毎日言うようになった。私は口では遠慮したものの、それに甘えて母の車に乗る日が増えた。
傘の先端を地面にコツコツと当てながら、家に向かって足を進める。空が曇っているせいなのか、景色も雰囲気もいつものこの時間より暗く感じる。
「なあ、知っているか」
「何を」
「お前、一か月の間遅刻も欠席もしていないぞ」
傘の表情が見ることができたなら、きっと片方の口角をにやりと上げているんだろうな。そんな気がする。
「律儀に数えているんだね」
「お前が学校をさぼり始めたのは、たしか一年の夏休みの時だったなあ。初めてあの場所の臭いを嗅いだ時はへどが出そうな思いだったが。五日間連続からの著しい成長じゃないか。いやあ、おめでたいことだな」
「あのトイレに入ってほしくないだけでしょ」
「それはそうだろう。あんな場所、誰が好むものか」
母は私が家を出る前に必ず私の顔を見るようになった。そして眉を下げて安心したような表情をする。
「いってらっしゃい」
一言、私に言うのだ。
前までは、私はわざわざ行ってきます、と言わなかったし、母も面と向かっていってらっしゃい、と言わなかった。だからなのか、このやり取りが不自然な儀式のように感じる。
「一か月か。友達はできたか」
「そんなに簡単にできないみたいだよ」
並木道の木々がざわざわと揺れ動く。風が荒く髪を乱す。うざったい髪をさばいていると、空からぽつりと冷たいものが降ってきた。手に持っていた赤い傘を開く。傘に雨が当たる音が少しずつ大きく多くなっていく。風が強く吹くたびに傘が真反対にひっくり返らないかひやひやさせられる。
「傘の骨が折れたら、痛いの」
「痛覚は無い。傘だぞ」
「それは都合がいいね」
信号が赤になる。並木道を出て私が住む町のほうへ歩くと一気に建物の数が減る。周りが田んぼだらけで風を遮るものが無くなるので、風の威力をより強く感じる。団地の道に入れば風も少しはましになるだろう。早く信号変わらないかな。
「傘閉じて走ったほうがいいかな」
「俺の骨を折りたくなければな」
信号が青に変わる。まだ土砂降りではないことを確認して、私は傘を閉じて遠くに見える団地まで走り始めた。
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