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そんな恥ずかしい思いをしながら仕上がりのチェックのために鏡を見ると、何だかいつもと違う。そう言えばせっかく自分を変えようと頑張ったので、髪型も変えようと美容師さんにお願いしたんだった。でも髪型は『おまかせ』で。だって自分に似合う髪型なんてよく分からないし、担当の美容師さんは上京してずっとお世話になってる人だから、僕自身よりもよっぽど僕のことを分かってると思ったから。だから安心しておまかせしちゃったんだけど、思ったよりも顔が出てる・・・。大丈夫かな?こんな僕の顔を世間に晒しちゃって・・・。そう思ったけれど、他の美容師さんも僕のことを見てすごく似合ってるって言ってくれたから、たとえお世辞でも嬉しかった。
僕はそのままOKを出してお会計を済ませると、再びタクシーに乗って結婚式の会場へ。そこはさながら同窓会のようになっていた。
今日の主役2人は同じ大学の同級生なので、友人はほとんどその大学の同級生。よく見れば恩師の姿も見える。
みんなで会うのは卒業式以来だな。
卒業して1年と少し。まだ同窓会もしていなかったので、ちょうどいい集まりになったみたい。みんな懐かしそうに話している。そこへ新郎新婦が顔を出し、さらに盛りあがって写真大会になった。僕も何枚か写真に加えてもらい、新郎のあいつと話す機会が巡ってきた。
「おめでとう」
人生晴の舞台。
白いモーニングを着たあいつは幸せ絶頂の中、キラキラ輝いている。
そんな姿を見ても、不思議と僕の心は痛まなかった。
「ありがとう。雪も何かいい事あった?凄く良い感じだよ」
「なんだよ、それ」
突然思いもよらないことを言われて驚いてしまう。
「いい感じはそっちだろ?今日は一段とかっこいいよ」
新郎は今日の主役だ。もちろん真の主役は新婦なのだけど、男の中では一番輝いている。
「いや、本当に今日の雪は凄く可愛いよ。可愛いというか綺麗?なんかすごく色気がある」
今まで言われたことの無い言葉を羅列されて、僕は面食らう。
「なんだよ、からかってるの?」
実は新しい髪型が変なんじゃ・・・。
「違うよ。本当に綺麗なんだって。だから・・・誰かいい人ができたのかと思ってさ」
そう言われて浮かんだのは課長の顔。
昨日いっぱい・・・一夜限りの愛をもらった。
「やっと雪の魅力に気づいてくれる人が出来てオレも嬉しいよ。雪には幸せになってもらいたいから」
その、なんだか含みのある言葉を残してあいつは別の友人の元へ挨拶に行った。そしてその後ろ姿を見て直感する。
あいつは僕の思いに気づいていた。
僕はあいつをずっと見てきた。気づかれないようにこっそりと。だけどいつしかその視線がぶつかるようになった。見ている僕に目を合わせ、視線が絡み合う。そしてそれは一度や二度じゃない。2人の間の距離は縮まないのに視線だけを絡め続けた僕達は、それでもそのまま何もせずに卒業した。
そう言えば4年の時、彼女と別れたって噂が立ったことがある。それが噂だけだったのか本当だったのか、それを確かめることも無く卒業式を迎えて僕達は別れた。だけどその帰りに、この後うちに来ないかとあいつに誘われた。今までグループでしか会ったことがなかったあいつに僕一人が誘われたのは初めてで、僕はどうしていいのか分からずに断ってしまったけれど・・・。
もしあの時、あいつの家に行っていたらどうなっていたのだろう・・・。
あの絡み合う視線の意味を、僕は知らない。
自分に自信がない僕は、いつもグループの中心にいるあいつが僕なんかのことを特別に思う訳がないと思っていた。だから視線が合っても偶然だと思った。それが何回もあったとしても。だけどもし、あいつも僕と同じ思いで僕を見ていたとしたら?そしてあの卒業式の後の誘いに、特別な意味があったなら?
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