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大学を卒業して社会人になって二年目の春の終わり、僕はこの歳になって初めての事にチャレンジしようとしている。そしてその場所に向かいながら、僕の心臓の鼓動は早くなっていく。
やっぱりやめようか・・・。
初めてのことに対する緊張とわずかな恐怖心が僕の中に芽生える。
先程通常業務を終えて会社を出る時は、今日で臆病な自分から生まれ変わるんだという意気込みに満ちていたというのに、いざその場所が近付くにつれて段々と足取りが重くなる。
そして着いてしまった駅前の待ち合わせ場所。僕はそこで、ある人と待ち合わせをしているのだ。
僕の方が先に着いちゃった。
そう思って、僕は待ち合わせの相手に着いた旨をメッセージすると、直ぐに『こちらももうすぐ着く』という返信が来た。それを見て僕はスマホのマナーモードを切った。
僕には学生時代から片思いをしている人がいる。
大学で知り合って、その人を好きだと自覚するのにそう時間はかからなかったけど、僕はそれを本人に伝えることは無かった。なぜならその人は同性であり、その時には既に仲のいい友達だったからだ。
思いを告げて、この関係を壊したくない。
もちろんそんな思いがなかった訳では無いけれど、ただ単に僕には告白する勇気なんて無かったのだ。
全てにおいて受け身である僕は、その人と知り合うことも、友達になることも人任せだった。たとえ気になったとしても自分から近付いて声をかけることなんてできる訳もなく、その人も向こうから近付いてきてくれたのだ。そしてなぜか仲良くしてくれて、僕はいつの間にかその人を好きになっていた。
でも僕はその人の一友人という立場から一切逸脱することも無く、学生時代を終えたのだ。
見た目まんまの陰キャの僕は、仲がいいと言っても特別仲がいい訳ではなく、仲良しグループの一人という立場だった。そしてその立場で、その人の恋も見続けてきた。
かっこいいその人が告白される度に、そして恋人ができる度に心が痛んだ。時には夜通し泣いたこともある。だけどそれでも、こんな地味な僕がその人を好きだなんておこがましいと、その思いを隠し続けた。だからその人が他の誰かと付き合うことになっても、自分の思いを隠してその恋を応援してきた。
そうやって、僕はその人との関係を友人として割り切れてると思っていた。
だからたとえ、一晩中泣いたとしても次に会った時は笑顔で普通に話すことが出来たのだ。
なのに・・・。
『結婚することになりました』
それは突然、SNSを通して報告された。
大学の友達からなるグループメッセに、仲良く二人で笑い合う写真とともにそれはアップされた。
そしてその場は、みんなからのお祝いメッセージで溢れていった。僕ももちろんメッセージを送ったけれど、僕の中に言いようもない喪失感が湧き起こる。
大丈夫だと思った。
彼女といつも一緒にいるその人を見ても、僕は笑っていられた。だからいつかその人が結婚しても、僕は平静でいられると思ったんだ。
なのに・・・。
自分でも想定外の心の沈みは、いつまで経っても治ることがなく、僕の心を締め付け続けた。
結婚式にも呼ばれているというのに、このままではどんな顔をして式に行ったらいいのか・・・。
このままじゃダメだと思った。
だから、変わらなきゃ。
じゃないと僕は、その人の結婚式になんてとてもじゃないけど行けやしない。
そう思って、一念発起して登録したのが出会い系サイト。もちろんそんなところに登録したのは初めてだけど、こんな僕にも何人かアクセスしてくれる人がいて、僕はその中の一人と今日会うことにしたのだ。
もちろん何度かメッセージのやり取りをして、僕なりにその人を見極めたつもりだ。
いくつか来たメッセージの中から良さげな人を選んでプロフィールを見て、写真も見て決めたその人は、僕の好きな人とは正反対の人。
歳は僕より16歳上の39歳で会社員の営業職。写真はあごから下の胸しか写っていなかったけど、前を留めていないワイシャツから覗く肉体は鍛え上げられていて、腹筋は六つに割れていた。
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