第1話 獅子の思惑

1/4
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ

第1話 獅子の思惑

「ほう、信玄は今回は()るつもりかい。なかなか根性あるじゃねぇか」  氏康は風魔からの知らせに、思わず大きな声を発した。  その知らせは、相模の獅子と謳われた氏康をもってしても、血沸き肉躍る内容だった。 「武田と上杉が開戦するのであれば、今こそ上野攻めの好機。政虎に奪われた松山城を攻め、そのまま上野に突入しましょう」  氏康の嫡男氏政が勢い込んで進言する。  上野国は信玄も侵攻を画策しており、今川、武田、北条の三国同盟時に、武田と北条によって西と東で折半する密約をしていた。  それは関東の支配者を目指す北条にとって、理想と遠い内容であった。  氏政の勇ましい進言に氏康は深いため息をついた。 「この春先、政虎に小田原城を包囲されて震えてた餓鬼が、偉く勇ましい話をするじゃないか。喉元過ぎればか?」  予想もしなかった父の皮肉に、氏政は言葉もなく肩を落とした。  項垂れる氏政に代わり、弟の氏照が口を開いた。 「しかし父上、同盟国の武田を支援するためにも、我々も動いた方がいいのではありませんか?」  氏康は漁夫の利を窺う子供たちの顔を、複雑な表情で見つめた。  北条家は戦国大名家としては珍しい、家族仲が良い家だ。  父子相克もなければ、兄弟間の争いもない。  それどころか家臣、領民に対しても無理を強いず大切にする。  それが強さの秘訣であり、苦難にあっても折れない結束を生んできた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!