第1話 獅子の思惑

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 しかし氏康は、このとき北条家の将来に暗雲を感じた。  どんな強敵が攻めてきても、不落の小田原城に籠ってやり過ごせば、敵は兵糧切れで退いて行く。その後で、北条氏の威信を持ってすれば、すぐに勢力を回復できると、本気で信じ込んでいる。  絶対的な武力や圧倒的な兵力が関東を蹂躙したとき、この子らに果たして耐えることができるのか――父親として不安を感じずにはいられなかった。 「確かに信玄には借りがあるが、それは小賢しく漁夫の利を狙うことじゃない」  もっと強く言いたいところだが、我が子可愛さにこれが精一杯だった。  氏康が言ってる借りとは、この年の二月に上杉政虎が関東へ遠征し、反北条の大名を従えて十万の大軍で小田原城を包囲したときのことだ。  信玄は北信濃で上杉の背後をけん制する動きを見せ、政虎が兵を退く一因となった。  このとき信玄が築いたのが海津城で、今回の政虎の攻略目標と成っている。 「しかし、我らが政虎に攻められたときに、信玄は北信濃の勢力圏を拡大させたではないですか。我らが同じことをして何が悪いのです」  先ほど氏康の強い言葉にしょんぼりした氏政が、またも勢いを得てあげ足取りに近い主張をした。  怒鳴りつけたいのを我慢して、氏康はさらに我が子に説く。
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