人魚王子と運命の番

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『この歌はね、昔悪い女の人魚が人間を破滅させるために歌ったものなんだよ。これを聞くと、人間の男は人魚が恋しくて、会いたくて堪らなくなって海へ飛び込んでしまうんだ』  歌を聞かせてくれた故郷の若い王子は、歌い終わった後にそう言って、茶目っ気のある笑顔を見せた。人間の前でこれを歌わないように、と冗談半分で注意を促しながら。  もしあれが本当なら、この人間が飛び込んだのは紛れもなく自分のせいだ。このまま死なれたら、寝覚めが悪いじゃ済まされない。 「頼むっ! 生き返ってくれ!」  心臓への圧迫を激しくしても、手の中で男の体はゴムのように衝撃を吸収してしまう。男の体がただの入れ物になっていくような気がして、シエラは怖くなった。  焦る気持ちを抑えながら、記憶の中を必死に探る。あの本には確か、心臓の圧迫の他にもう一つ方法が書いてあったはずだ。  その内容を思い出すなりシエラは、ためらいもなく男の通った鼻筋をつまみ、唇に自分の唇を重ねた。鍵を差すように閉じた唇を舌でこじ開け、強く息を送り込む。 ふーッ、ふーッ。  二回繰り返し、もう一度男の胸を押した時、屍のようだった体に強い力が蘇り、海水が口から勢いよく排出された。 「ゲホッ……ゴホゴホっ」  これで助かったと安堵したのも束の間。 ひとしきり咳き込んだ男が、苦悶の表情を浮かべたままこちらを窺った時、シエラは一瞬で心臓を射抜かれたように動けなくなった。
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