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初めて目にしたその瞳は、まるで獰猛な獣のような、初めて見る琥珀色をしていたのだ。
「だ、大丈夫か? 痛いところは?」
「……少し頭が痛いけど……大丈夫だ。お前、俺を助けてくれたのか……?」
さっきまで咳き込んでいたとは思えないほどよく通る声は、歌えばさぞ気持ちよく響くだろうと思われるバリトンだった。
そのままシエラが言葉を忘れるほどぼんやりとしてしまったのは、男の魅力が声ばかりではなかったからだ。
熱っぽい視線を宿してきりりと澄んだ双眸に、健康的に日焼けした素肌。はにかむと真珠のように白い歯を零しそうに湛える唇は少年のようで、危うさを孕む目元とのアンビバレントに目が釘付けになってしまう。
蘇生術とはいえ、この唇にくちづけたのか、と思うと、さっき咄嗟に取った自分の行動の大胆さに、ドクンと心臓が小さく跳ねた。
「いや、俺は……」
助けたわけじゃない。むしろ俺が……と言おうとしたが、少しでもよく思われたいという邪な願いがシエラの口を噤ませる。
すると男は、シエラから目を逸らしてばつが悪そうに水の滴る髪を後ろへ撫でつけた。
「あのさ……、お前」
お前は人魚で、あの歌はお前の仕業だろう? と、この強い眼差しで言われるのではないかと怖くなり、シエラはびくびくしながら言葉を待った。
「何で裸なんだ?」
予想外の言葉に拍子抜けすると同時に、初対面の人間にふやけた下半身を見られた羞恥で、シエラの顔の内側はカッと火照った。
今さら裸を隠そうにも、脱ぎ捨てた服が置いてある岬はここから遠い。かと言って海に戻れば、たちどころに人魚であるとバレてしまう。
仕方なくその辺りにあった藻草を集めて前を覆いながら、苦し紛れに言い訳を並べた。
「これは、その……裸で海泳ぐのが趣味なんだ。今日は周りに誰もいなかったし、つい」
「……お前、さてはヘンタイだな? ついって――、あっ、イツツツ……」
「大丈夫か? どこか痛むのか?」
「ちょっと、頭が……」
「もしかして、強く打ったんじゃないのか?」
「打った。漂流して困ってたら、海の底から不思議な音色が聞こえてきて……そうしたら急にくらくらして、思いっきし甲板に」
悪い予感が的中した。シエラは頭を抱えて立ち上がり、一気にまくし立てた。
「……すまない。脳震盪を起こしているかもしれない。使いの者を呼んで運ばせる。お前は安静にしてここに寝ていろ。すぐに助ける」
「ちょっと、待て……お前」
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