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 ***  アラームが鳴ったことに気付かず寝坊した。いつもより二十分遅く起きて、慌てて制服に着替えて顔を洗う。親父はもう仕事に出たらしく、ダイニングテーブルには冷え切ったトーストと目玉焼きが置かれてあり、俺はトーストだけを口の中に押し込んだ。玄関先から双子の妹の理沙が「遅れるよ!」と叫んだ。起こしてくれてもよかったのに。  バタバタと支度をして外に出たら、門の前で大智が待っていた。 「また寝坊かよ、昇」 「昨日、寝るのが遅かったんだよ」 「遅くまでゲームしてたんでしょ」 「勉強してたの!」  理沙が毎朝時間をかけてブローしているのを知っていて、わざと頭を小突いてやった。仕返しにつま先を踏みにじられる。 「昇のせいで遅れ気味なんだから、急いで行くわよ」  俺と理沙と大智は毎朝一緒に登校している。大智が近所に引っ越して来た小学三年から高校三年の今まで、九年間毎日だ。理沙だけ隣町の高校に通っているので駅で理沙とは別れ、そこからは俺と大智の二人での登校になる。  登校中はどうでもいい話で盛り上がる。昨日見たドラマや新刊漫画の感想、新商品のお菓子やSNSのこと。主に理沙が俺と大智を巻き込みながら喋るのだが、あまり話のネタがない時はしりとりなんかをしている。高三になってからはさすがに勉強の話も増えたが、頭が痛くなるような会話は(俺が)したくないので基本、呑気な話ばかりだ。高校を卒業して進学もしくは就職でもしたら、この毎朝の下らなくも楽しいひと時はなくなってしまう。そう思うとやっぱり寂しいのだった。  背後で大智がフッと鼻で笑ったのを聞き逃さなかった。 「なんだよ」 「いや、昇の後頭部に派手な寝癖がついてて」  手を当ててみると硬くて短い毛が逆立っているのが分かった。 「俺、毎朝お前の寝癖見るの楽しみなんだよね。昨日は仰向けで寝たろ」 「気色悪い趣味してんなァ」 「ねぇ、大ちゃん。一昨日の昇の寝癖は?」 「確か側頭部についてた。右向き」 「ホント怖いからやめて。いいよな、大智は万年坊主だから寝癖なんかつかなくて。いつまで坊主でいんの?」  理沙に腕を肘で小突かれ、睨まれた。あっ、と口を塞いだが、もう遅い。大智は気を遣わせまいとしてか、笑って答えた。 「坊主って楽なんだよ。シャンプーワンプッシュでいいし、ドライヤーいらないし、何より寝癖つかないし」 「ほっとけ」 「卒業したら髪伸ばすって決めてんだ」 「ふぅん」  大智は小学生の頃から野球をしていた。運動神経が良かったし、体格にも恵まれていたのでキャッチャーとして活躍していた。中学でも高校でもキャプテンを任されていたほどだ。チームメイトやコーチからの期待も相当だったはずだ。だけど高校二年の夏に大智は肩を故障した。治療とリハビリが長引いてそのあいだにレギュラーから外された。そして大智は野球を辞めたのだ。  大智はあまり感情を表に出さないタイプだが、あの時はかなり落ち込んでいて俺は幼馴染で友達でありながら何もできなかったのが歯がゆかったものだ。今となってはすっかり元気だけど、それでも大智の前では野球の話はしづらい。俺と理沙との暗黙の了解なのだった。 「あっ、駅に着いた。じゃあね。大ちゃん、また放課後」  えっ、と俺は目を丸くして理沙と大智を見る。 「あー放課後に買い物行くんだよ。昇は委員会だろ?」 「いつの間に二人で約束したの?」 「昨日、ラインしてたの。ふ・た・り・で。なぁに? ヤキモチ?」 「は? うざ、はよ行け」  理沙は渾身のアッカンベをして、手を振りながら(大智に)改札をくぐった。感情の見えない飄々とした顔で踵を返す大智と、階段を駆け上がる理沙の後姿を交互に見ながら俺はまだ戸惑っていた。大智の背中におずおずと問いかけてみる。 「なあ、もしかして理沙となんかあるの?」  大智は振り返らないまま答えた。 「なんもねーよ。たまたま二人とも同じ店に用があったから、せっかくだから一緒に行くかって流れになっただけだ」  どうして同じ店に行くと分かったのか、何がきっかけで連絡を取り合うことになったのか、そこが知りたいのだけど。 「妹が心配?」  大智がそんな見当違いなことを言うので「そんなわけねーだろ」と吐き捨てた。心配どころか大智なら文句のつけようがないくらいだ。だけど同時に複雑でもある。 「おい、昇。早く歩けよ」  たぶん複雑なのは、疎外感だ。今までずっと三人で同じ話題を、同じ空気を共有していたけど、恋愛に関しては誰も話題にしなかった。センシティブな部分だから、みんなあえて触れないようにしてきた。それがここにきて急に二人がそんな空気感を出すから、俺一人置いて行かれたような気分になったのだ。  ――ちょっとビックリしただけだ。もし今後二人が付き合いでもしたら、その時は心から応援する。 「大智、もし街に行くならドーナツ買って来いよな」 「なんで俺が買わなきゃいけないんだ?」
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