すくい

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その人は結局帰ってこなかった。 身体から離れた時間が長すぎたようだった。 呆然と。 立ち尽くす。 家族もなく、役所の人が手続きをしに来た。 友人はいなかったのだろうか。 直接のでなくても、SNSで知らせたり。 人が死んだというのに。 なぜこの世界は何事もないかのように。 回っていくのだろう。 頼むから、誰かひとりでいいから。 その歯車を止めてはくれないだろうか。 動じないこの世界の冷たさに。 身震いした。 手が震えて。 ため息が出た。 でも、こうして休んで少しすれば。 また、仕事に戻る。 仕事をしていれば、死はいつも近くにいる。 いつものことなのだ。 ため息が出る。 「ありがとう」 声がした。 「家族が悲しむとか、  そういう余計なこと言わないでくれて、  ありがとう」 あの人だ。 生きている間に直接聞くことはなかった。 昨晩、怒鳴って蹴って呆れられたあの人だ。 「結局救えなくて、  ごめんなさい」 「あんたがそうやって、  ため息をついてくれただけで、  嬉しいよ」 手が震える。 息がつまる。 こうしてほんのひとときだけ。 私の歯車はペースを乱し。 胸を痛める。 「私のために、ありがとう」 風が通り抜ける。 「あんたは精一杯やったよ。  ちゃんと認めてあげて。  あんた自身でしか、  あんたを救ってやれないんだろ」 「はは」 それっきり。 声は聞こえなくなった。 終
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