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周りに田畑も広がる郊外の中学校。広い校庭では野球部と陸上部が活動していて、活気ある掛け声が響いていた。
私は校庭を見渡せる校舎の日陰で、オーボエのブレス練習をするためにメトロノームをセットしていた。一瞬手を止め、額の汗をハンカチで拭う。校舎の影になっているとはいえ、グランドからの照り返しが熱かった。校舎内の廊下へ行けばもう少し涼しいと思うけど、私はここで練習する事をいつも選んでいた。
このグランドの見渡せる場所を。
ふと目線をあげると、校庭の端で陸上部が練習をしているのが目に止まり「ふー」とため息がでた。
目線の先には同じ学年の永野誠君がいた。決して体が大きいわけではなかったけど、クリッとしたくせ毛の頭で遠くからでもその姿が良く分かる。スターターピストルの「パンッ!」と言う軽い音が響いて、永野君も飛び出し駆けて行った。
「ふー」とまた、ため息がでた。
その時不意に「ビビビビイ」と顔の前を蝉が飛んで行って、私は「キャッ」と言ってよろめいた。ハッと顔を上げると、蝉を放った男子生徒3人が走って通り過ぎて行く。
「真っ赤っか、キッモ」
そして、ハハハハハと遠くで笑い声が聞こえた。
私は下を向き、ぎゅっと手を握りしめ呼吸を整える。
……静かに、静かに、静かに、静かに。
場面緘黙症の私はこうやってからかわれる事が良くあった。男の子の前や視線の集まった時に話せなくなる。思考が止まる。それを面白がってやってくるのだ。
大したことない。こういう表での出来事なら大丈夫。もう慣れた。うん大丈夫。今をやりすごせばいい。でも、……でも。やっぱり、影での笑いや嘲笑の目、無視という壁には心を削られる。
「瑠璃ーーーー」と明るい女の子の声が聞こえてきた。
「ごめんごめん。遅くなったー、待った? へへへ」
同じ吹奏楽部の上山三穂ちゃんが、トランペットを持ってやって来た。ふわっとした髪に表情の豊かな明るい笑顔。私もつられて笑顔になる。
三穂ちゃんは、私と遠くの男子達を見て
「あー。またあいつらか。あとで殺す!っとに」
と言うと、遠くの男子に拳を振り上げた。
そんな三穂ちゃんを見て、ちょっと笑いながら深呼吸をして呼吸を整えた。
気持ちが軽くなる。
去年、北海道から転校してきた三穂ちゃんは、私とは対照的にどんな事も物怖じせず思ったことをハキハキと言う。そんな事もあって、クラスではちょっと浮いてた時期もあったけど、そんな事、気にも止めない三穂ちゃんをすごいと思っていたし、その性格にも憧れていた。そして、裏表なく真っ直ぐ会話のできるのが嬉しかった。
「裏に行こっか。あそこだったら男子も来ないっしょ」と三穂ちゃんに促がされる。
「まって」
「え?」
私は、一度息を深く吸い込んでから、
「ここがいいの」と、ちょっと強く答えた。
「そう、じゃ、もうちょっとだけ端の方行って練習しよっか? そうすれば、男子も」
「大丈夫。話し、するわけじゃないから。慣れよ慣れ、少しづつでもね、慣れないと。こういうの暴露療法っていうんだって。暴露療法」
「ふーん」
「それに、ここがいいの」と顔を伏せた。
メトロノームの音がカチ、カチ、カチ、カチとテンポを刻む。
「エーー、瑠璃、永野が好きなの? ふーん、陸上部の永野かー。瑠璃はあういうのがタイプなんだ」
「しー、しー、しー。違うの、好きなんじゃなくて、話したいというか、えーと、ちゃんとお礼を言いたいというか」
三穂ちゃんと目があい、カーッと自分の顔が赤くなるのが分かった。
思わず俯く。
……あー。なんでこうなるの? 静まれ、静まれ、静まれ。
「フフ、瑠璃は分かりやすいから。へー、そう。瑠璃は永野かー、ほほー」
「ダメ、かな」
「ダメじゃないよ。ただ、びっくりして。あ、でも……その、あの、う-ん」
「分かってる。男の子と話せないことでしょ」
「あー、まあー、でも好きな人なら大丈夫か」
「ううん。ダメだった」
私は顔をあげ、そして遠くを見た。
「ダメ?? ダメって、何かあったの?」
「うん。永野君ね。朝、走ってるの。朝練かな? それで、たまたま走ってる事知ってね。それから、走ってるの、私も」
「え? 瑠璃が?」
「うん」
「な、なまら、びっくりー」
三穂ちゃんは目を丸くして、素っ頓狂な声をあげた。
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