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オーボエの音色がひときわ大きくなって、語りかけては消える優しい音色が熱を帯びる。
空の星が、音色に呼応するように瞬き。また、音色が星の輝きに呼応するように煌めく。
やがて、頂点まで達した後、一瞬、静寂が訪れた。
そして、再び、真っ直ぐに素直に音が伸びやかに駆け抜けていく。
× × ×
三穂ちゃん。
ありがとう。
いつもそばにいてくれて。
学校の渡り廊下、私をからかっている男子に拳を振り上げる三穂ちゃん。
その後、こっちをみて笑いかけてくれる。
音楽室、三穂ちゃんが、私の肩にそっと手を置いてくれる。
不安で泣いている私を、そっと静かに支えてくれる。
「ありがとう、三穂ちゃん」
× × ×
オーボエの音色が空間を包む。
そこには、優しく懐かしい時間の風が流れてくる。
悲しみも、喜びも、全てが、音の粒と共に光り煌めく。
想いを乗せた感情の震えが、音色の深みを増し夜空を包む。
× × ×
永野君。
ありがとう。
助けてくれて。
朝の大橋、両足をつって固まっている私を背負って走ってくれる永野君。
息を切らし、必死に走る。
夜のバス停、二人ポツンとバス停に座っている。
永野君はおもむろに立ち上がり、話しかけながらストレッチを始めた。
そんな永野君を見つめる私。
私の記憶は、小学生の3年の頃、永野君との昔の思い出に遡る。
ランドセルから落ちた教科書などが散乱し、私は男子数人に囲まれ泣いていた。
その間に割って入る永野君。他の男子たちと揉み合いになる。
しばらくして、永野君が散乱している教科書を拾って集めてくれた。
顔にアザができて、少し血も出ている。
あっけに取られている私に、無理やり教科書を渡すと、少し照れ臭そうにクリクリ髪の頭を掻いて、走り去っていった。
私は、永野君を見つめながら教科書をぎゅっと抱き締めた。
……私、救い出された。
辛い、いろんな出来事に、下しか向けない私が、ここから、前を向けるようになったんだ。涙がこぼれた瞬間、その一瞬で世界が変わった。世界が輝いて見える。こんなに辛いことがいっぱいあるのに、涙で世界が輝いて見えた。
ありがとう! ありがとう! 私は声にならない声で永野君の後ろ姿に叫び続けた。
永野君のおかげで、前を向けた
「ありがとう、永野君」
× × ×
「サリーガーデン」が終わろうとしている。
夜空一面に広がった音色が、空からスーッと降りてきて、静かに、大地に、体に、心に染み込んでいく。瑠璃色の音色に彩られた世界。優しい時。そして 想いが、優しく溶け込んでいく。
私は、最後の音を丁寧に吹き終えた。
届け!!
空を見上げ、目をつぶった。
私のすべてを、この子と一緒に響かせた。
全ての想いを伝えられただろうか。
………怖い。でも、これが私のすべて。
やがて、静寂をやぶり三穂ちゃんが拍手をしてくれた。
皆も拍手をしてくれる。
「みんな、ありがとう」
私はホッとしてオーボエを胸にお辞儀をした。手に力を込め優しくぎゅっとオーボエを抱きしめる。そして「ありがとうね」と呟いて少し離して改めて見つめた。銀色のキィが輝いて誇らしげに見える。言葉は何も聞こえなかったけど、きっと最高の演奏ができた事を自慢しているんだと思う。
「うん。ありがとう」
そして、この子もホッとしている。分かるよ。だって、ずっと一緒にいたんだもん。私はもう一度優しくこの子を抱いた。
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