あの白い雲を君は追いかけていった

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 写生会を終えた翌日の美術の時間、いよいよ色を乗せていく。 私はあの日に見たままの桜の色を塗っていくと初めから決めていた。ピンク色の桜よりも白い桜が私は、印象に残っており白いキャンバスに白い花びらを描いていく。使う絵具ももちろん白で、少し影を描くために黒い絵具で線を足す程度。とにかく白、白、白。 周りは皆、ピンク色の桜を描いていた。むしろ赤に近いような、どぎつい色を塗っている子もいる中、私の絵にはたまに薄いピンクの桜の木が出現する程度だった。 空は真っ青に塗り、白い桜を囲んでいた多くの緑木もしっかりと周りに描いていく。 緑木で白い桜が一層際立ち美しく見えていたあの景色を描いていった。  美術の石川先生は、私の絵を見て「ちょっと寂しくないかい?」と言っていた。 「いいんです」私は迷わず答えた。何が寂しいもんか。自分で塗りたい色を塗って何が悪い? 絵は1カ月ほどでようやく完成した。時間がかかり最後の方になってしまったが、先生は私の絵を見て「良いと思う」と言ってくれた。  ほら見ろ、私は心の中で腕を組んだ。 「頑張りました」と言いたかったが、お礼のみ言葉を返した。  それから1週間ほど経った美術の時間、石川先生が1枚の絵を皆に見せた。 手に持たれていたのは、性格は明るく勉強もスポーツも何でも出来てしまう女子たちからも人気の高い三井君の絵だった。 「皆、これは三井君が描いた絵です。どうだい?すごく綺麗だよね!実は各クラスから1名ずつ、県で今度開かれる絵のコンクールに出そうと思っています」 皆が少しざわつく。 三井君はやや驚き照れ隠しの笑いを浮かべながら近くの男子生徒と話している。 後ろからでもわかるくらい耳が少し赤くなっていて、愛嬌のある顔立ちが笑顔で一層引き立っていた。 彼の絵は先生が褒めていた通り、とても綺麗に描かれていた。はっきりとしたピンクと白の花たちが良いバランスで混ざりあい、桜の美しさがよく描かれていた。 やっぱり私ももっとピンクを使えばよかったかな、そう思わせるような彼の絵だった。 何でもやってのける人はいいわね~と私は頬杖をつく。 「綺麗だと思いまーす」 「いいと思いまーす」 生徒からのそんな声と拍手も発生していた。 「いいよね!先生もそう思います。綺麗なピンクの桜の花たちが愛らしさを表現しています。あと、もう1枚見てほしい絵があります。こちらは浅田あんりさんの絵です」 心臓がドクンと鳴り今にも口から飛び出そうになった。 先生は私の絵を持ち皆に見せている。 私の顔が自分でわかるくらいに熱くなっていて、ごまかすために額を掻いた。 なんで!?一言も私の相談なしに皆にいきなり見せる訳? コンクールに提出することも今初めて知ったし! 「お~!」 そんな声が聞こえ照れて視線を床に落とす。 「浅田さんの描いた桜もとても綺麗だしすごく良いよね。ピンクの桜も良いけど白い桜も素晴らしかったよね」 先生は私に微笑みながらそう言ってくれた。嬉しかったけど、恥ずかしさが勝って私の顔は不自然な笑顔を作る。 「すごいね~」 近くの生徒から声をかけられるが、なんせ気の合う友人がまだ出来ていない私はあまり上手く話せず首を振って謙遜した。 「心苦しいんだけど、コンクールに出せるのは1名です。多数決を採ります」 皆がざわつく。 「どうしよ~」 「ね~」 「1人だけだって~」 先生!!なんでそんな事する訳!? 相手は人気者の三井君だよ⁉︎ 私はまだ友達が出来ていないのに? ただでさえ出来にくくなってるのに、そんなことしたらますます・・・もう!! 動揺と怒りさえ感じていると 「浅田さん、絵が得意なんだね」 後ろの席の女生徒から声をかけられた。 江口真紀だ。彼女はとても活発で明るくバスケットボール部に所属しており友達も多い。 彼女に声をかけられたことでますます心臓がドキドキした。 「ううん!全然!そんなことない」 私は言葉を返すと彼女は豪快に笑ってみせる。 「私になんか投票しなくていいよ!」 「え~?なんで?」 「いいの、いいの!」 私は手を振る。 「はい!じゃあ、多数決を採ります。浅田さんの絵を推薦する人、手を挙げて」 私の嫌がっている声が聞こえたのだろうか、それともこれが正当な評価なのだろうか。 挙げた手の数は、まばらだった。 先生は、数を数えてメモする。 「はい。では、三井君の絵を推薦する人、手を挙げて」 雲泥の差であった。 彼は、小学校からの友人もクラスに多く人脈があり、人気者と言えるし持ち前の明るさで周りを笑顔にすることが出来る。 かくいう私といえば、地方から引っ越してきて、それが中学校入学前であったと言えど 転校生のようなものだ。 友人も出来ず居心地の悪さも感じていたし、自ら一歩踏み出しクラスに溶け込む努力もしていない。 毎日をただやり過ごすだけだった。 「う~ん。そうか」 先生は、数えることもしなかった。 「それじゃあ、三井君の絵を出そうかな」 その時だった。 「先生!」 後ろから声がして皆が振り返る。 声を出したのは、笠井風花だった。座ったまま挙手し、瞬きもせずに先生を見ている。 凛としていて身動き一つせず、挙げた手もまっすぐに上に伸びていた。 「私は浅田さんの絵がいいと思います。どうして多数決なんですか?」 クラスがどよめき始める。 「浅田さんの絵は、力強い桜の美しさを表現しています。白い桜は、描くのはとても難しいから、皆それを避けてピンク色の桜にしていたけど、あえて浅田さんは白い桜を描きました。それだけでも凄い事だと思います」 美しい顔立ちが大人びていて一際目立つ彼女は、話す言葉も聡明さを表していた。 クラス内が騒めいていたが、私の心の内も同じくらい騒々しくなっていた。  どうして、そんなに言ってくれるの? 彼女もあの日、一生懸命スケッチしていたのを私は知っている。その姿を見ていたから・・・。 友達の声掛けに目もくれず頑張って描いていたよね。 「自分だってピンクに塗ってだろ~」 そんな声が聞こえると彼女はすかさず言葉を返した。 「だから凄いって言ってるの。難しいことをやってのけたんだから。先生!先生はそう思いませんか?」 皆の視線が先生に集中する。 微笑んだ後、先生が2、3度頷く。 「うん。そうだね。笠井さんが言った通り、浅田さんは難しいことに挑戦しましたよね。そして素晴らしい絵を完成させました。先生も浅田さんの絵がとても良いなと思って皆にも見てもらいたかったんだ」 私は顔がますます真っ赤になっていた。恥ずかしいだけでなく嬉しさがこみ上げてきたのだ。 「どうだろう、皆。このクラスに関しては、今回は三井君と浅田さん、2名の絵を出すというのは」 「賛成で~す!」 「賛成!」 皆の声が飛び交う。拍手も沸き起こっていた。 「賛成です!」 私はその中で笠井風花の声をはっきり聞き取ることが出来た。 授業が終わり、私は彼女を探す。 すでに他の子と美術室を出ようとしていた。結局、私は彼女に声をかける事が出来なかった。 その代わりに美術室から教室への移動中、江口真紀から声をかけられる。 「浅田さん、良かったね!私は浅田さんの絵が良いと思ったよ。手も挙げたんだからね!」 「え!いいって言ったのに」 「遠慮しなくていいから!」 彼女はまた豪快に明るく笑って見せた。後ろから彼女の友達数人も追いかけてきた。 「浅田あんりちゃんだよね!何て呼ばれてたの?あんりで良い?」 「うん、いいよ。よろしく」 私は精一杯の笑顔を見せた。 「よろしくね!」 「ねぇ、どこから引っ越してきたの?」 「北海道!?」 しばし質問攻めにあった後、私たちは仲良くなっていった。 そしてその日を境に4人でいつも行動を共にするようになった。 休み時間も1人で過ごすことは無くなっていき休日も彼女たちと遊んでいたし、友達が出来たという事実が私を心強くしていった。 バスケットボール部に所属していた彼女たちの試合を応援しに行くようにもなった。 彼女たちといると私は、段々と今までとは違う自分になっていくのを感じていた。 活発でクラスの中心的な存在の彼女たちは、一緒に居る事で私自身が発言権を得られたような気がし不利な状況に置かれることがなくなっていった。 例えば、なりたい委員に立候補ができたし皆の視線を恐れず自分の意見を言う事も出来た。 やりたくない事には「嫌です」と大きな声で言う事が出来るようになっていったのだ。 彼女たちが味方に付いてくれている限り、控えめでいる必要はない、今までの私には戻りたくはない、そんな気持ちも抱くようになっていった。 彼女たちと過ごすようになったからといって、自分の好きな物や嫌いな物が変わるわけではない。 私は相変わらず体育が苦手だったし勉強も国語と英語以外は赤点ばかりだった。 入りたいと思っていた美術部が存在していなかったので部活には入らずに、学校と家の 往復のみだったけど退屈ではなかった。 小学校とは違う学校生活に十分慣れてきたのだろう。 徐々に暑さが目立ち始めた頃、小学校での友人、中崎くるみが札幌から遊びに来ることになった。 その知らせを私は母から聞くことになった。 「くるみちゃん、遊びに来てくれるって。良かったね~!あのね、くるみちゃんね、学校休んでるみたいなの」 「えっ」 「詳しいことはくるみちゃん自身が話すかもしれないから、あなたから聞かなくていいんだからね」 「・・・なんで行ってないんだろう」 「久しぶりに会えるんだから、楽しみなさい。あんりも」 同い年にして1人で飛行機に乗って私に会いに来てくれるなんで、なんて勇気ある行動。私なら出来ないかもしれない。 それと同時に若干の苛立ちを感じていた。  くるみに会えない間、私だって辛かった。けど、私は頑張って学校に行っていたよ。 私に相談ひとつもなしに学校に行かなくなってたの?どうして? ラインだってあんまり返って来なくなっちゃって、もう新しい友達が出来たんだって寂しく思っていたのに。私も、頑張らなきゃって思っていたのに! 複雑な思いを抱いたまま、くるみとの再会の日。 私は急いで学校から帰宅し車に乗り込んだ。 金曜日の伊丹空港は混雑していたけど、私はすぐにくるみを見つけることが出来た。 くるみは以前にお気に入りだと話してくれた青いチェックのワンピース姿で、私の方に一目散に駆けてきた。 「あんり!!」 そう言って私を抱きしめた。 「くるみ~痛い痛い!」 私は笑ってくるみの背中を優しく叩く。 「ごめんごめん!」 くるみの顔は赤らんで笑っている。 「ごめんね、あんり。久しぶりだね」 「うん、ほんとに」 母がくるみの旅行鞄を持って、私たちは車へと向かう。 くるみの目にうっすら涙が浮かんでいて赤らんでいたのを私は気づいていた。 自宅に着くと、私はすぐにくるみを部屋に案内した。 あとから母が、くるみが「お土産です」と持ってきてくれた餡子の入ったドーナツとアイスティーを運んできてくれて私たちは食べながら話していた。 「良い所だね。おうちも綺麗だね」 「うん。上の階だから眺めは良いよ」 「久しぶりだね、あんり」 「うん」 「びっくりさせてごめんね」 「ううん」 空港でした同じような会話をまた繰り返した後、窓の外を見るくるみの横顔を見てふと  くるみ、痩せたのかな。 くるみの首が細くなったような、そんな事に気がついた。 「くるみ」 「ん?」 「えっと……なんか…変な感じだね」 「えっ?何それ?」 くるみは笑う。笑った時に出るえくぼが懐かしい。 「だって久しぶりなんだもん」 「そうだよね、ほんとに。3カ月ぶりくらい?」 「そう!」
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