あの白い雲を君は追いかけていった

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私にとって3カ月は長かった。けど同じように、くるみも思ってくれていたのを知って とても嬉しくて私も笑顔になった。 学校の行き帰りもいつも一緒で、二人で沢山笑い合って恋バナもしたよね。 ずっとこんな日が続いてほしかった。 離れるのが辛かったよ。 「くるみ…」 「え?」 「……おいしい!これすっごく美味しいよ!ゲホッ」 私はあんドーナツを頬張ると、その勢いでむせこんでしまった。 「ちょっと!あんり、大丈夫!?もう!相変わらずなんだから~」 くるみはアイスティーを勧めてくれた。  結局、くるみの近況を聞くことは出来なかった。 くるみから言ってくれる事に期待もしていたけど、私からは聞けない。  くるみは気づいてる?私の気持ち。それとも知ってて言わないでいるの? 言いたくないの? 離れることがなかったら、あの頃のように何でも言ってくれていた?  次の日の土曜日。 母が用意してくれていた朝食を食べる。 「あら!また玉ねぎ残して~!食べなさい、ちゃんと」 「だって苦いんだもん」 「煮込んであるんだから食べやすいでしょう」 くるみは私たちをみてニコリと微笑む。 「まぁまぁ。これから少しづつ食べるようになるんだもんな、あんり」 ソファに腰掛け新聞を読んでいる父が言う。 「そうです!」 私は大袈裟に頷く。 父は典型的な“娘に甘い父”で、私は度々その地位を利用させてもらっている。 「まったくもう!くるみちゃんは嫌いな物無いっていうのにね~」 母はそう言ってくるみに微笑んで食器を下げる。 「二人今日どうするの?」 「どこか行きたい所ある?くるみ」 「う~ん…おすすめは?」 「え~。とりあえず奈良公園とか?」 「ガイドブックで見た!行ってみたい!」 くるみの目が輝く。 「ほんと?」 「良いじゃない。日曜だから混んでるかもね。気をつけていってらっしゃい」 「は~い」 くるみが来ると聞いてから、色々と行く所は検討していた。 やっぱりくるみに会うのは、嬉しかったんだと思う。 久しぶりだから、距離を感じてはいた。 それは時間の経過だけではなくて、心の距離の方を私は強く感じていた。 「晴れて良かったよね」 「ね!」 くるみが笑顔で答える。 私たちは近鉄奈良駅まで電車に乗り、そこからバスで奈良公園へ向かう。 観光用のバスが走っていると父から教えてもらっていたのだ。 「あれだ!あれに乗るよ~」 私はくるみの手を引っ張る。そうしていてなんだか自分が可笑しかった。 つい3カ月前まで、私はここに住んでいなかったのに、何を知った被ってるんだか。  日曜日の奈良公園は、母が行っていた通り多くの人で賑わっていた。 くるみは鹿を怖がって私の傍を離れなくて、大笑いしてしまった。 鹿せんべいをくるみに渡しても、嫌がって私にものすごい勢いで押し返してくる。 くるみはそれで両手が空いていたから、鹿に囲まれた私の姿を携帯で撮っては、笑顔になっている。   良かった。くるみ楽しそう。 そんなくるみの姿を見て私もほっと安堵していた。 「え~すごいよ、でっかい!これが、あの…」 くるみは笑って大仏を見上げる。 「すごいよね。私も初めて見た時はほんとにびっくりした」 「こんな大きいなんて思わなかった!写真に収まんないよ~」 くるみは頑張って巨大な大仏を1枚に収めようと四苦八苦している。 「もういいじゃん。くるみ、行こう」 私は先に出ようと歩き始める。 外で待っていると「ごめんね」とくるみが出てきた。 「見て!下があんまり見えないけど」 くるみが苦労して撮った写真には、手振れで歪んだ大仏が数枚写っていた。 「あれ!?さっき綺麗に撮れたと思ったのに~。ちょっと待ってて」 くるみはまた中に戻って行く。 「くるみ~」 私はくるみの背中にそう言っても振り返ることなく進んでいってしまった。 私たちは公園のベンチに腰掛ける。 「奈良はあったかいね~。いいなぁ」 くるみは遠くを見てそう話す。 「まだ札幌はちょっと寒かったりするよね」 「うん」 日差しがぽかぽかと温かく私は眠たくなってきていた。 「あんり」 「ん?」 「あんりは学校楽しい?友達は?」 「うん。出来たよ」 「そっか」 「学校も楽しくなってきた」 「そうなんだ」 「……」 私はくるみに同じ質問をする事がなかなか出来ない。 「あんり」 「ん?」 「私ね、今学校行ってないんだ。聞いてるよね」 「…うん」 「…あのね」 「うん」 「なかなか友達出来なくて、学校にいるのが辛くなってきて、行けなくなって…」 「…うん」 「私もそうだった」 「あんりも?」 「今は出来たけど、初めの頃は全然」 「そうだったんだ。あんりならすぐに友達出来るんだろうなぁって思ってた」 「そんな訳ないじゃん。いきなりすぐになんて出来ないよ!」 「…そう、だよね。ごめん」 「私辛かったんだよ!ライン返してくれないし、誰にも相談できなかったのに…」 私の目が涙で溢れる。泣く事になるとは思わなくて凄く動揺してしまう。 「ごめん、あんり。ごめんね」 くるみも泣き出してしまう。  違うこんな筈じゃなかった。優しく接して、くるみから思いを吐き出してくれることを待っていたかった。ばかじゃない、私。自分の事ばかり話して。くるみは、私に会いたくて来てくれたのに。くるみは私よりもっともっと辛かったかもしれないのに! 「くるみまで泣かないでよ~」 「…だって……」 くるみは苦しそうに小さな声で言った。  私も何か言わなきゃと頭を巡らす。泣いているせいで苦しくて言葉が出せない。 でも、何か、何か言わなきゃ! 「くるみ、大丈夫?大丈夫だった?私が居なくて…いっしょの学校に通えなくなって、大丈夫だった?」 私は声をふり絞るようにして出した。 「あんり、私も辛かった。相談したかったよ、あんりに。でも、あんりだって頑張ってるって思って自分を奮い立たせてた。でも、ある朝、学校に行ったら靴に沢山画鋲が入ってたんだ。すごく怖くなって、そのまま家に逃げるみたいにして帰った。辛かったよ。心がズキズキして、痛くて。そんな事、お母さんに言えなかった。毎日、毎日泣いてた。 学校になんてもう行けないよ~」 くるみはますます泣きじゃくってしまった。 その声が聞こえてきたのか、鹿がくるみの近くに寄ってきた。 「いやぁっ!」 くるみは驚いて大きな声を出すと、鹿も驚いて口をひん曲げ面白い表情を見せた。 私はそれに驚いて、くるみの大袈裟な反応も可笑しくて、ふたりして泣いているのも滑稽で思わず笑ってしまった。 くるみも私を見て笑い出す。 そして私はくるみにハンカチを渡すと「ありがとう」と言って顔を覆う。 しばらく動かずにいると段々と落ち着いてきたようだった。 「あんり、ごめんね。びっくりした?」 「ううん、大丈夫」 私は首を大きく振って言った。 「あんりは凄いね。ちゃんと新しい生活を送ってて…」 「凄くないよ!まぐれだよ!くるみだって出来るから」 「……お父さん、お母さんはね。しばらく休みなさいって言ってくれてる。担任の先生が来る日は私は絶対に部屋から出ないんだ。何も言えないよ。もし言ったら…」 そう言うと、くるみの顔が険しくなるのに気づいた。 私は居たたまれなくなった。 彼女は闘っている。経験してしまった恐怖と見えない未来。誰にも見せまいと心の傷をひた隠している。 「…くるみ!駅に戻ろう!ちょっと歩いたらカフェがあるんだ!猫がいてすっごく可愛いんだよ!」 「えっ、ほんと?」 「…うん!行こう!」 私は涙を拭う。立ち上がりくるみの手をとるとカフェへと向かった。 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」 私たちは奥の席へ座る。気まぐれな黒い猫は、くるみの後ろを素通りすると小さな縁側の椅子へ飛び乗り丸くなった。 「ほんとに猫ちゃん居るんだ」 くるみはニコリと笑い、何にしようかとメニューを眺める。 そんな彼女を見てほっとし私も笑顔になった。 私はチーズケーキを、くるみはチョコレートのパウンドケーキを頬張りつつ、美味しいねと話す。 甘い物はいつだって私たちを癒してくれる。  私は、二人で学校帰りにソフトクリームを食べたことを思い出していた。 通りかかる生徒に見つからないよう、ランドセルを店の奥に置いて、私たち自身もたまに隠れたりして、ドキドキしながら食べた。 そんな事も私たちにとっては冒険だったし、 くるみが居たから出来たのだと思う。  私たちは置いてある漫画を読み、時折近くに来る猫を触ったりしてのんびりと過ごす。 まるで二人だけの世界に居るようだった。静かに時間が流れていき柱時計の音だけがこだまする。 お互い環境が変わっても、私たち自身は3カ月前と何ら変わりはない。 簡単には会えなくなってしまったけれど、友情はこうして続いている。 これからも?ずっとこれからもかな…。くるみはどう思う? いつのまにか2時間近く経ってしまっていた。 他にお客も来なくなってきたことを良い事に完全に入り浸っていた。 店主に謝ると「いいのよ、いいの。また来てね」と私たちを見送ってくれた。 「楽しかったね」とくるみは話しながら空を眺める。 すると思い出したように「目、大丈夫かな」と自分の目を指さして心配そうに私に言った。 「うん。赤くないし腫れてないよ。大丈夫」 「よかった~」 「あ、ね、ね。私は?」 「え?あ、ちょっとまだ赤い」 「え~」 「うっそ~!」 くるみはいたずらっぽい笑顔を見せてはにかむ。 こうして、くるみはいつも私の事をたまにからかっては笑っていた。 こんな所もやっぱり変わってない。以前のままのくるみだとそう思った。 私はもうこれ以上、くるみに学校の事なんて聞くことは出来なかった。 くるみの心は、ひびが入って今にも割れそうだ。そうっと優しく触っただけで粉々に崩れてしまう気がしていた。或いはもうすでに割れているのかもしれないと気が引けていたのだった。  次の日の日曜日。“ならまち”に行こうとくるみを誘う。 ならまちに行くと、雑貨も見れたりカフェもあるので時間があっという間に過ぎてしまう。 可愛い物が好きな私たちは、朝食をたべながらウキウキして会話が弾む。 母もそんな私たちを見て微笑んでいた。  昨夜、母と二人きりになった時の事だ。 くるみちゃん、思ったより元気そうで良かったと言っていたのだ。引っ越してから、くるみのお母さんと時折電話をしているのを遠目では見ていた。 くるみと私は、一人っ子同士の為、親同士も気が合っていたのだろうくらいにしか思っていなかったけど、相談を受けていたのだと今になってわかった。  バスを降りるとさすがは日曜日といった感じで、多くの人が行き交っていた。 私たちは可愛らしい文房具店に入ると、黒猫の絵がついたノートやシャープペンをお揃いで購入する。「昨日の猫、可愛かったね」と言いながら選んでいた。 手作り作家の作品を扱う雑貨店に入ると、綺麗なアクセサリー等を見てははしゃいでいた。 「これが似合いそう」と言うと、くるみはラメの入った青いヘアピンを私の髪にかざす。 「可愛いね。私、青好きだし!」 「知ってる」 「くるみ、中学入ったら髪伸ばすって言ってたじゃん。まだショート?」 「うん。だって楽なんだもん」 「だよね~、私も伸ばさないと思う。あっ、くるみはこれがいい!」 色々なデザインや色が揃うヘアアクセサリーの中で、今度は私が、くるみの髪にラメ入りの白いヘアピンをかざす。青いヘアピンと色違いだ。 白にキラリと光るラメが際立っていて、色がついた物よりも綺麗に見えた。
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