1人が本棚に入れています
本棚に追加
「あっ、すごい綺麗!これ私も買う!」とくるみはにこっと笑う。
買った後「青に白ってさ、なんか良いね」くるみは嬉しそうにそう言った。
「あっ!そうだ!青空に雲じゃん!」
私は目を丸くする。
「ねっ!」
私たちは買ったヘアピンを早速つけて、似合う似合うと褒め合った。
くるみの柔らかい髪が風にふわりと吹かれると、キラリとそれが光って本当に綺麗で彼女にぴったりだと思った。
奈良に来たんだし、せっかくだからくるみに郷土料理を食べてもらいたいと予め母から聞いておいた茶粥のあるカフェに私たちは入った。
漬物が色を添えデザートにくず餅もついていて、私たちはたらふく食べ大満足。
くるみも「美味しいね」と言って食べていた。
私たちは、その後世界遺産にもなっている元興寺を見たり、また雑貨店を見て歩き回った。
沢山笑いあって、私はくるみと過ごした日々に戻ったように感じていた。
そして、昨日大泣きした事も忘れた様に私たちは過ごしていた。
沢山歩いて、足が痛いと話して、大きな猿沢池のある公園で一休みすることにした。
人の声が賑やかで日曜日の公園らしい。
「良い所に引っ越して来れて良かったね」
私たちはベンチに座り、くるみは微笑んでそう言った。
「うん。今はそう思ってるよ。今はね」
「……そっか。私もここに住めたらいいのになぁ、なんて」
くるみは眉を下げて笑う。
私は何て言ったらいいかわからなくなって、微笑みはするけれど黙り込む。
太陽の光が池に反射してきらきら光って眩しくて目を細めた。
「ずっとこのまま、なんて難しいよね」
私はおっかなびっくりで声を出した。
「え?」
「だって周りがどんどん変わっていくんだよ?これから私たちだって受験もあるし、そういうのについて行かなきゃならないんだよ?」
「……」
くるみはびっくりしたようで少し顔が引きつっていたが、すぐに大きく頷く。
「うん。そうだよね!うん!」
一生懸命笑おうとしているのがすぐにわかった。それでも私は言葉を続ける。
「私もくるみと離れるなんて嫌だよ。だけど新しい事に慣れていかなきゃ。しょうがないじゃん!」
私は自分でもわかるくらい顔が険しくなっていた。
「…そう、だよね!…なんか、私駄目だなぁ…。やっぱり、あんりは凄いや」
はっ!わたし何言ってるんだろう!くるみにこんな事言わせて…。
くるみは今沢山沢山傷ついていて…それでも私に会いに来てくれたのに!
私がそう思っても、もう何もかも遅いように感じた。くるみの顔をちらりと見る。
けれど、そこにあったのは私が心配していたものとは少し違ったものだった。
くるみは、まっすぐに前を見ていた。前を見て何か考えているようで言葉がかけられない。
やがて大きくため息をひとつついてこう言った。
「あんり、変わったね」
家に帰っても私たちはややギクシャクしていた。お互いに喧嘩はしないようにと気をつけて過ごす感じになっていた。
私も親にばれないように気が張っていたけれど、くるみはそれまでと変わらないように見えた。私はこんなにハラハラしているのに彼女は落ち着いていた。私は変わったのだろうか。くるみは今までと同じで私が変なのか。
何がばれないようにと私は焦っていたんだろう。いけない事を言ってしまったと思っているんだろうか。けれど、くるみは悲しんでなどいなかった。
私はくるみを泣かせてはいない。傷つけてなんかいない。私は間違ってなんかいない!
……それでもくるみは、私を「変わった」と言うんだろうか。
夜、隣の布団で寝るくるみに尋ねる。
「くるみ、公園でのことだけど…」
「いいの。もう寝よう」
くるみはそれしか言わなかった。
明日くるみは札幌へ帰る。次いつ会えるんだろう。
また会えるよね?
くるみは私に背を向けて寝返りを打ち、それからも何も言うことは無かった。
朝になると私は学校へ行く支度をし、くるみは荷物を大きなリュックに詰め込む。
「入るの~?」
私はちょっかいをかけたように言った。
「大丈夫だってば」
くるみは笑ってそう言うと、昨日の事をずって気にかけていた私は安心してため息がこぼれた。
そして制服に着替えた私を見て似合うね、と言ってくれ微笑んでくれた。
私が登校した後、母がくるみを空港まで車で送りに行くので、家でくるみと別れなければならない。
父は「またいらっしゃいね」とくるみに言った後、会社へ出かけていった。
「くるみ、連絡してね」
私はそう言って、玄関まで来てくれたくるみを抱きしめる。
「うん!ありがとうね!またね!」
くるみは笑って私の背中を優しく擦る。
私は登校しながら、昨日の公園での事を考えていた。
なんて言うべきだったんだろう…。
私、間違ってたのかな。本当は怒ってるんじゃないか。
ソワソワして落ち着かず、私はくるみに「着いたら連絡してね」とラインした。
そう誓って学校に着くと、私のいつも通りの生活が始まっていった。
その日の昼休み、私は真紀達がバスケットボールをするのを応援したりして過ごした。一緒にやってみようと声をかけられるが、笑いものにはなりたくないと必死で断った。
冗談じゃない。ボールなんて当たったら痛いし怖いし、そんな物で遊ぶだなんてまっぴらごめんだ。
教室へ戻る途中に、美術室の前を通ると石川先生に声をかけられた。
「浅田さん、無事にコンクールには提出したからね」
私は何と言ったら良いか戸惑いはしたが「ありがとうございます」とお礼を伝えた。
「楽しみだね」と先生はにっこりと笑って言った。
自分なりに、よく描けたと気に入ってはいたけど、これから多くの目に触れることになるのかと思うと気が引けていた。
周りに「凄いじゃん」などともてはやされ、ようやく実感が沸く。
凄い…のかな。嬉しいけど……。
チャイムが鳴り、私たちは走って教室へと戻った。
その後の学級活動時間にて、夏に行われる陸上大会の参加種目を各自決めていくことになった。この学校では運動会は行われておらず、代わりに親の観覧はない陸上大会が開かれている。参加人数には制限がある。「早く決めなきゃ」「あれは絶対嫌だ」などの声が飛び交う中、各自参加する種目に手を挙げていき、次々と決まって行く。
私は、走り幅跳びに参加することで決まった。真紀に「早く早く」と言われて、ちょうど手を挙げた人数が定数ですんなりと収まった。
「次は~1500m走だな。あとは長距離走しか残ってないな。まだ決まってない人は~……金子さんかな」
皆が一斉に一番後ろの席に居る金子優子を見る。彼女は静かで普段も自分からは言葉の発さない穏やかな少女だった。
皆に注目され目を丸くし顔が赤らんでいる。
真紀に急かされはしたけど、早く決まって良かった。長距離だけはごめんだ。絶対に嫌だ。私はゆったりした気持ちで過ごしていた。
「あ、はい……」
彼女はその後黙り込んだ。
「早く決めろよな~」意地の悪い男子の声も聞こえる。
彼女は俯いてしまった。この種目に参加するのは自身が無いのか嫌がっているようだった。
ただ、嫌がるそぶりも見せない為、周囲には「ただ黙っている人」にしか見えない。
私も内心は(早く~)等と思って彼女を見ていた。
しょうがないじゃない、何にも手を挙げてなかったんだからとも思って経過を見送ることにした。ざわざわと教室内も騒めき始める。
そんな時、ガタっと椅子の音を響かせ笠井風花が立ち上がった。
「私、1500にします!今、金子さんと話して決めました」
彼女は金子優子の前席に座っており、何やら話しかけているのは見ていたけど、どうしたいのかを聞いてたんだ!
「私が1500にするので、金子さんは走り幅跳びでお願いします」
「いいのか。金子さんは」
先生が尋ねると彼女は大きく頷く。
そして、笠井風花は立ち上がったまま続けた。
「皆が、自分の事しか考えていないから金子さんはなかなか手も上げられないし、嫌だと言いにくかったんじゃないですか」
教室内が一層騒めいた。
「ひどっ」「何よそれ~」「そんな事ないよね~」「言いすぎじゃね」「早く手を挙げないからじゃん」
様々な声が飛び交い彼女に非難が集中する。
「不利な状況に置かれやすい生徒の事も考えるべきだと思います」
そう言って彼女は静かに座った。
「うむ」
先生は決まりの悪い表情を見せ顎を掻く。
そして黒板に書いてあった笠井という文字を消し、1500m走の欄に彼女の名前を書き直した。
教室内はまだ騒めている。
私は、走り幅跳びの横に書いてある自分の名前をただじっと見つめていた。
帰り道、私はポケットから携帯を取り出す。
くるみから返信は…無いか。
学校に居る間も、くるみからの連絡を確認はしていた。
家に着くと「おかえり。ミートスパゲティにしようと思って」と母が夕飯の支度をしていた。トマトソースの良い香りが部屋中に広がっていて、私のお腹がグ~ッと鳴る。
「くるみちゃんね、また寂しくなりますって言ってたわよ。でも、元気そうで安心したわね。くるみちゃん、学校通えそうかな」
私は母の発言がすっとんきょんに思えてむっとなった。
「そんなっ…そんな簡単なことじゃないよ!」
私は部屋に直行してベッドに倒れこんだ。
くるみの事、何にもわかってないじゃん!馬鹿!!
そしてそれは私にも言える事だとはっとする。
私だってそうじゃん!私だって………。
くるみにきつい事を言ってしまったと涙が溢れてきた。
どれほどくるみの心が傷ついていたか、それに私がまた傷つけてしまったんだと激しい後悔の波が押し寄せてきて自分が憎い。
結局、くるみからの返信は来なかった。
1週間、2週間経っても……。
段々と私はくるみの事を忘れた様に平気で過ごす自分にも気づき始めていた。
陸上大会に向け、体育の時間には各自で選んだ種目の練習に当たる。
運動音痴な私は、飛距離を伸ばすことが出来ずにいたが、まぁ怪我しなければいいかとやんわり挑んでいた。
そんな私を囲うように、長距離走を選んだ生徒たちが走っている。その中でも笠井風花は飛びぬけて目立っていた。走り始めから、彼女は1番を走りそれが終わりまで続く。
ぶっちぎりの1位だ。
私は彼女の走りに見とれてしまっていた。
「何だか。きっと目立ちたかったんじゃない。笠井風花」
私の横で休憩がてらやって来た真紀が呟く。彼女は短距離走を選んでいた。額に汗が滲んでいる。
「えぇっ。そう、なのかな」
「そうだよ、絶対」
「凄いよね、でも」
私は感動して呟く。
「いいよね~。出来ちゃう人ってさ。前からそうだったからね~」
そう言うと真紀は練習に戻って行った。
以前に聞いた真紀の話によると、笠井風花は何でもこなしてしまう器用な人で、小学校ではとても目立っていたそうだ。加えて美人ですらりと手足も長いから、そりゃあ目立つよなと納得する。
陸上大会当日、天気にも恵まれ空は雲一つない青空だ。
私の参加する走り幅跳びは広いグラウンドの端で行われる。スポーツで目立つ事の無い私にぴったりの場所だと言える。
「頑張れ~」
私は手を振り応援する。
だが、彼女もバーを落としてしまい私の横に座って
「私、スポーツてんで駄目で…」
苦笑いをして言った。
「優子ちゃんも?私も駄目。ほんとに苦手」
私も首を振りつつ答える。
「風花ちゃんが代わってくれなかったら、私あの場で泣いてたかも」
「種目決めの時?」
「うん。私なかなか決められなくて…もたもたしてたら一番苦手な物しか残ってなくて」
「風花ちゃんて優しいんだね」
「うん。小学校同じだったし知ってるよ。すごく優しくて器用な子なんだよ」
まだ彼女とは話をした事がない事を私は残念に感じた。
最初のコメントを投稿しよう!