あの白い雲を君は追いかけていった

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私の絵を推薦してくれたのに、まだお礼も言えていなかったし失礼ではないかとも思った。 バンッ!! 大きな音がして1500m長距離走が始まったことに気づく。 練習の時と同様、笠井風花が先頭を走る。 私と優子ちゃんは立ち上がり大きな声を出して彼女に手を振る。 「風花ちゃん!!頑張れ~!!」 彼女が私たちの近くを走ると、にっこり笑って小さく手を振る。 なんだか恥ずかしそうに、でも嬉しそうに見えた。 優子ちゃんは少しばかり一緒に走ったりもしていて、私は可笑しく笑ってしまった。 すごく久しぶりに自然に笑えたような、そんな気がしていた。 その時、追風が吹いた。 まるで彼女の走りを応援しているかのような強い風が背中を後押しし、そのまま彼女は 両手を上げゴールのテープを切った。 それから2カ月ほどした時。 笠井風花は学校に来なくなっていた。 陸上大会の後も、私は彼女と話すことはなかったように思う。ただいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。 彼女と過ごしていた友人グループが「今日も来なかったね」等と話す会話が耳に入って来た事があったが、それ以上の詮索はしなかった。 私はそれなりに学校生活を楽しんでいた。  ある日の学級活動で、担任の松本先生が皆に声をかける。 「今日はね、皆に考えてもらいたいんだ。どうしたら笠井さんは学校に来てくれるだろう」 クラス内が少しざわつくもすぐに静かになった。 「皆どう思う?」 なかなか言葉を発する者もおらず、普段は活発な生徒も口を噤んでいる。 「私たちもわかりません」 そんな中で声が聞こえたのは、笠井風花の友人グループだった。 「そっとしておいた方が良いと思う」 続けて聞こえてきたのはそんな言葉だった。 先生は困ったように苦笑いをする。 ―――そっとしておいた方が良いと思う――― 誰も干渉しないということが優しさになる、傷ついているから触らないようにする。 見ないようにする、という事? 私は、冷たさを感じていた。 責めているのではない。 ただ、寒さを感じた時に鼻の奥がツーンと痛くなる感覚。 それを心の中で感じていたのだった。  彼女が学校に来ない事を疑問視する人は居なかった。 ただ時間が過ぎていく。夏が終わり秋が来る。 ある朝、真紀が登校してきた私の元へ一目散にやって来て言った。 「昨日、誰に会ったと思う?」 「え?」 「誰に会ったでしょう?」 「誰?芸能人!?アイドル!?」 私は目を丸くしてふざけ半分で尋ねた。 「ブーッ!この辺になんで芸能人がいるのよ!笠井さんだよ!笠井風花!」 「えっ…そうなんだ。どこで?」 「近くのタマヤ。声かけたんだ。でも驚いてササーッと逃げちゃった」 タマヤは近くのCDショップで、彼女を見たのは夜だという。 「感じ悪くない?逃げたんだよ?」 「びっくりしたんだよ、きっと」 「そうだけど……。良いご身分だよね~」 「えっ」 私は真紀の顔を見る。 他の生徒たちが5、6人集まってきて「何なに~」と好奇心旺盛に尋ねられると 真紀もはりきって昨日の出来事を話す。 「何それ~」 「なんで逃げたんだろ」 「私も学校行かないで、ダラダラしたい~」 真紀への同情の票が集まり笑い声も出てくると、私は居た堪れなくなり「トイレ行ってくる」と逃げ出した。  なんでそんな言い方するの、みんな……。 蛇口を捻り冷たい水で手を洗う。  でも言えなかった。彼女は何もしていない。悪い事なんて何一つしていないのに。  私たちと同じように学校に来てはいないというだけで、なぜ好き勝手言うの。 私は手をごしごしと擦って洗ったが、それでも汚れが取れていないような気がしていた。  その日の美術の時間。 石川先生が私の絵を持ち、皆に見せている。 「え~。授業の前に発表があります」 先生は私を見てニコリと笑う。 「なんと、浅田さんの絵が美術コンクールで3位に選ばれました!」 「えっ」 私は驚き、でもあまりにも突然でキョトンとした。 「お~!!」 周りの声で動揺し、恥ずかしさが込み上げ顔が赤くなってきた。 「良かったね!おめでとう、浅田さん!さぁ、前に出てきて下さい」 私は周りの祝福の声に包まれて教壇前に行き先生から賞状を受け取った。 「ありがとうございます」 私は一礼して賞状を受けとり自分の名前を見て実感が沸く。 授業が終わると石川先生から声をかけられる。 「浅田さんの絵、しばらく廊下のショーケースに飾らせてもらってもいいかな」 はい、と答えると私と真紀たちは、先生が飾るのを手伝った。 「この辺かい?曲がってないかい?」 微調整をしつつ私の絵をガラスのショーケース内の真ん中の壁に貼ってくれた。 私がそれを少しの間眺めていたら 「あんり、良かったね!」 「すごいじゃん!」 真紀たちにそう言われ、ますます嬉しさがこみ上げてきた。 私はその日、一目散に家に帰ると賞状を自室の机横の壁に貼る。記念に写真を1枚撮った。 周りにはお気に入りのラインストーンが付いたネックレスや写真、イラストなどを飾っている。 貼ってある写真には、くるみが遊びに来た時に一緒に撮った二人が写っている。  携帯を手に取りラインを開く。 くるみに今撮った写真を送信しようかと思った。 でも、もう3カ月も連絡が来ていないと思うと気が引けてしまい、結局送信はできずに携帯を机に置く。  くるみは元気だろうか、笑って過ごしているだろうか。私のせいで傷ついていないだろうか。 その時ラインが鳴り私は急いで携帯を手に取った。 「今から練習~」 真紀からのメッセージとバスケットボールの写真が送られてきた。 「頑張れ!」 私も絵文字を付け返信する。 「今会える人」だけが私の日常に溶け込んでいる。 思い出は今私に必要ないのかもしれないな。  そう思いながらも、くるみの他に頭をよぎる人がもう1人いた。 笠井風花だ。 彼女にお礼を伝える事が出来ていない。私の絵を褒めてくれ自信をつけてくれた彼女に。 賞をもらえる事なんて想像もしていなかったのに。 どうしたらいいんだろう…。  翌日学校へ着くと、私は笠井風花と仲の良かった友人の1人に話しかける。 「あのね、笠井さんのライン知ってる?」 「え?…知ってるけど、返信ないんだよね。ずっと…。どうしたの?」 「ううん、なんかさ、どうしてるかな~って。なんとなく…。家は真紀から聞いたことあって知ってるんだけど、いきなり訪ねるのもな~って…」 「…そっか。一応教えとくね」 私は早速、笠井風花を登録する。 「笠井さん。びっくりさせてごめんなさい。浅田あんりです。伝えたいことがあって連絡しました。今日の夜8時くらいになったら窓を見てくれる?」 ドキドキしたがら送信ボタンを押した。 それから休み時間の度に携帯を見ていたが、返信は無く既読もついてはいなかった。 でもこれは私の予想している範囲だったのだ。 帰宅後、すぐに着替えて晩御飯を食べ終わると母がケーキを出してくれた。 「林檎ケーキ。絵のお祝い、まだだったからね。おめでとう、あんり」 「やった!いただきま~す!」 熱い紅茶と一緒に母が作ってくれた林檎ケーキを食べる。シナモンたっぷりで林檎がゴロゴロと沢山入っていて私の大好物だ。ケーキ屋で買う物よりも、私はこのケーキが大好物。隣にバニラアイスも付けてくれた。 「あんり。くるみちゃんね、また学校休んでるみたいなの」 向かいに座った母が、自分の分もと紅茶を淹れた。 「えっ。行ってたってこと?」 「え?…なに、ラインとかしてないの?」 母が目を丸くする。 「……うん。札幌に帰ってからは…」 「え~。そうなんだ…。喧嘩したの?」 「…そんなんじゃないけど。でも、くるみにもう前みたいにはなれないんだよとかは言っちゃった。私たち離れてるし…」 「…あら、そう。でもね、札幌帰ってからすぐに学校に通い始めてたのよ……もしかしたらだけど、あんりと会って頑張ろうって思ったのかもね」 「私、何もしてないよ!傷つけたかもしれないし…」 私は俯きフォークで林檎を刺す。 「会って顔見るだけでも、自然に笑顔になって、元気貰えるじゃない、友達って。そんなものだと思うよ」 「……」 「そのうち連絡来るかもしれないんだし、あんまり自分を責めないっ」 そう母が微笑んで言うと、少し救われたような気がし紅茶をぐいっと飲み干した。 7時半を回ると私は「ちょっとコンビニ行ってくる」と言って外へ出た。 要らない、とは言ったが半ば強引に防犯ブザーを持たされた私はそれを身に着け、自転車に跨り笠井風花の家を目指した。 外はひんやりと秋の風が涼しくて薄暗くなってはいたが、黙々と自転車を漕ぐ。 笠井風花の家に着いた時には、しっかり汗をかいていた。 彼女の家までは短いが急な上り坂になっていたのだ。 私は、可愛らしい薄い水色の家の前に自転車を停める。 時刻はちょうど8時を回った。5分くらい過ぎたが、まだ窓が開く気配がない。  多分、あの部屋かな。 2階の部屋が彼女の部屋だと想像はするが窓を開けてくれる予感は全くしなかった。 20分が過ぎると、  やっぱり迷惑だよね。余計な事するんじゃなかった。ばかみたい。 と後悔を抱き始めていた。 最後にもう1度2階を見上げる。淡い色のカーテンがふわりと揺れた。  私は期待して、その窓の真下に走り寄る。  あの部屋が笠井さんの部屋だろうか。 そして小さな石を見つけると、窓目がけて投げてみた。  まるで、ロミオとジュリエットだ。出来ればジュリエット側が良かったけど…。  ま、それはいつかって事で良いか。 窓をじっと見つめ少し待ってみる。 もう1度カーテンが揺れ、すぐに白い手が伸びる。 窓が開くとひょっこり彼女が顔を出す。笠井風花、その人だった。 学校に来ていた頃と全く変わっていないようで私はほっと安心もして嬉しさも込み上げる。 「ありがとう。笠井さん!」 私は、大きな声を出さないように抑えながらも、彼女に聞こえるよう伝えようとした。 「浅田さん…本当に来たんだ……びっくりした」 彼女の大きな目がますます大きくなっているように見えた。 「うん!ごめんね、びっくりさせて。待ってて!」 私は停めていた自転車の方へ走っていきカゴに入ったバッグから細長いケースを取り出す。 その中から丸めた賞状を広げ、彼女に見せた。 しばらく見た後、彼女ははっとしたような顔になり、 「それって…」 「うん!あの絵だよ!あの絵に賞をくれたんだ。コンクールで3位だって!1位じゃなくても私、こんな賞貰ったことなんて無いから嬉しくてさ!笠井さんのお陰だよ!ありがとう!」 私は周りや家の人にばれないようにと気にしつつも彼女に最低限でも聞こえるような声を出した。 彼女は大きく首を振って、小さく声を出す。 「私のお陰なんかじゃないよ!それは浅田さんの力だよ!」 私も大きく首を振る。 「私の絵を選んでくれた人がいたから、貰えたんだよ!ほんとにありがとう!」 私は彼女に見えるよう、賞状を頭上にかざした。 彼女はにっこり笑って小さく拍手をしてくれた。 「…ありがとう。見せてくれてありがとう」 そう言ってくれ嬉しそうにしてくれた。 じんわり涙が出てくるのを私は必死に抑えて、手を大きく振って自転車に跨る。 彼女が見守ってくれているのを感じながら、その場を後にした。   帰宅するとちょうどライン通知が鳴った。 「ありがとう」 彼女からそうメッセージが来た時、私は涙を抑えることが出来なかった。  翌日、登校すると私は驚いてギョッとする。 真紀が笠井風花の机の上に座り、周りと楽しそうに話をしていた。
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