書店、曇天、有頂天。

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 拓人は、散乱した絵本を元の陳列に戻す作業にとりかかった。 この日は比較的早い時間からバイトを入れていた。  夕方の児童書コーナーはひどい有様になる。 通常の文庫やビジネス書であればまだいいが、絵本となると相手は子どもだ。もとの場所に戻すという感覚すら持っていない子も多い。 夕方になると、児童書コーナーはまるで泥棒に入られたような状態になる。 その点では、整理しがいのある担当だとも言えた。  拓人が少しかがんで陳列の整理をしていると、すぐそばを子ども2人が走って通り抜けた。 その拍子に平置きの絵本に手が当たったようで、ばさりと1冊床に落ちる。  深く息を吐いて本を拾い上げた。 売り場を自分の家かのように振る舞う子どもを見ていると、イライラしてくる。 親も何をやっているんだ。  親はどこだろうかと顔を上げると、制服姿の少女と目が合った。 遠慮がちな顔で拓人を見つめている。 声をかけるタイミングを窺っていたのかもしれない。 「いらっしゃいませ」  拓人は慌てて立ち上がり、営業スマイルを提供した。 おそらく高校生くらいだろう。 真っ黒な髪を両サイドで結び、下ろした前髪が少し幼く見える。 「あの、心理学の参考書ってありますか……?」  ささやくような小さな声で少女が尋ねる。 本の置き場所を聞かれるのはよくあることだ。  拓人が歩き出すと、少女も後ろからついてきた。 参考書コーナーは少し離れた場所にある。 絵本から離れられることにほっとしている自分がいた。
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