書店、曇天、有頂天。

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 手を動かしながらそれとなく目で追っていると、どうやら小説を探しているようである。 もう、受験はいいのだろうか。 私立ならもう終わっていてもおかしくはないが、彼女はN大志望のはずだ。  少女は平積みになっている小説を何冊か手に取っては戻し、隣の棚に目を向ける。 どこか、不安げな顔をしていた。動作にも落ち着きがない。  結局、小説は買わなかった。 そのままゆっくり歩き出し、参考書コーナーの前で足を止める。 きっと彼女は、目的を持って本を買いに来たのではない。受験が不安なのだ。 何か気休めになる参考書が欲しいのだろう。  ラッピングの列が途切れるのを待って、素早くカウンターから離れた。 隣のレジでは欠伸をしながら颯太が立っているから大丈夫だろう。  参考書を眺めながら不安げな表情を浮かべる少女の横に立ち、右手で1冊の本を抜き取る。 「あ……」  彼女の方でも、拓人に気付いたようだった。ほんの少しだけ頬を緩める。 「この前はありがとうございました。あの参考書、分かりやすかったです」  上目遣いに拓人を見ながら、丁寧にお辞儀をする。 髪を下ろしているからだろうか、前回より少し大人っぽく見えた。 「それはよかったです」  拓人も少女に笑顔を向けた。そして、先ほどの本を差し出す。 「えっと、おせっかいだったらすみません。 これ、一問一答みたいな感じで、受験直前でも使えるんですよ」  驚いたように少女は顔を上げた。 拓人から本を受け取る手は、さっきよりしっかりしているように感じる。 「それと、これ」と言って、拓人は左手に持っていた文庫本を少女の前に出す。 少女はその手をじっと見つめていた。 「なんだか疲れてそうだったので。 もちろん勉強も大事ですけど、詰め込みすぎると当日パンクしちゃいますよ。 気晴らしにでも読んでください」 「どうして」  少女は小さな口をほとんど動かさずに声だけで問いかけた。 それは、萎んだ風船が空気を外に出す音に近かった。 「さっき、小説コーナーのところにいるのを見かけて。 もしかしたら、勉強以外の本を探しているんじゃないかなって」  女子高生の動向を目で追っていた気持ち悪い店員だと思われたらどうしよう、と恐る恐る口にした。 その返事を聞いて少女が慌てて否定する。 「あ、いや、どうして私にそこまでしてくれるのかなって」 「あぁ、それは。少しでも、力になりたかったんです。 僕たちには、いい参考書を作ることも、勉強を教えてあげることもできない。 でも、あなたにとって、ぴったりの本を見つけるサポートをすることはできる。 ここに来た人全員のサポートをすることは難しいかもしれないけど、自分の得意分野からでも、できることをやっていこうと思えたんです。 僕、N大の心理学部なんですよ」  彼女が息を呑むのが分かった。拓人は続ける。 「だから、N大を目指していると聞いて、ちょっとでも役に立てたらなと。 子どもたちに絵本を選ぶよりは、しっかりとサポートできると思うので」  最後は自虐のようになって、ふっと笑ってしまった。 少女も口元に手を当てて笑っている。よかった。  少女は、一仕事終えたあとのような清々しさで、2冊の本を買って帰った。
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