書店、曇天、有頂天。

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「ありがとうございましたー。またお越しくださいませ」  拓人は、手提げ袋を渡しながら軽く頭を下げる。 客が去ったところで、会計時に出たゴミを手早く片付けた。 「また暇になったな」  隣のレジでブックカバーを作っていた颯太が呟いた。 確かに、店内を見渡してもほとんど客はいない。 しばらくはレジに人が来ないと踏んだ拓人と颯太は、ぼーっと立ったまま口を動かす方に専念する。  書店の混雑のピークはだいたい18時ごろだ。 仕事終わりの帰宅途中にふらっと寄っていくサラリーマンが多い。  拓人は大学に入学してすぐ、この若葉書店で働き始めた。 サークルと彼女作りに精を出そうと思っていたのだが、サークルは途中でやめ、彼女ができる気配は微塵もなかった。 必然的に生活の中でバイトが占める割合が高くなった。  もともと本を読むことが好きだった拓人は、さほど悩まずに本屋でバイトをすることを決めた。 社員割引で安く本を買えるし、立ち仕事は疲れるが本に囲まれて働けるし、拓人にとってバイトはどちらかというと楽しみなことだと言えた。 つい先月までは。 「颯太明日もシフト入ってんの?」 「いや、明日はサークルあっていないわ」  バイトを楽しいと思えている理由として、颯太の存在は否めないだろう。  颯太は働き始めるタイミングもほぼ同じだった。 大学は違ったが年は同じで、心を許すまでに時間はかからなかった。  本屋で働く人は全員本好きなのかと思っていたが、意外とそうでもないということをここに来てから知った。 颯太もその一人で、漫画は好きだが本はあまり読まないのだという。 せっかく本屋にいるのにそれはもったいないと思い、拓人は自分の好きな作家をおすすめしては半ば強制的に読ませた。  その甲斐あってか颯太も少しずつ小説を読むようになり、中でも拓人が大好きな柊りん先生の本を気に入ってくれたようだった。 「そういえば、今度柊先生の新作出るらしいよ。楽しみだなぁ」  自分がおすすめした本を好きだと言ってくれるのは、素直に嬉しかった。 自分自身も肯定されたような気がする。 そう思っていたのに。
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