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三日目
汗が滲む。背中の汗がつううと落ちていく。どこまでいくのか、床まで辿りつけるのか。
期待して応援していたのに、汗は布に吸収される。
それから、膝を抱える。彼の話を聞くために。
「だけどね、俺はおかしいと思ってるんだよ。だっておかしいだろ、報復に根絶やしにするのはいい。だけども、一人だけ残して見せしめにするなんて」
彼の唇を見つめる。その言葉の意図を読み取ろうと努力する。
彼が僕に何を求めているのか、先取ろうとする。
「親父はやりすぎだと思うよ、俺もまだガキだったから、何があったかは知らないけど……物心ついてないような子を見せしめにするなんてね」
親父、根絶やし、……やっぱり、解らない。
苦労して苦心しても成果は出ず、彼の欲望が掴めない。
「色々あったよ。こういうのがわかってからさ。地味に裏で仲間集めてさ。反乱ってほどでもないけど、こうなったら、ぶつかるしかないんだろうな」
だから、必死に話す彼に神経を集中させる。それにともない、意識も彼だけに占めさせる。
前髪をいじくり、彼はせわしなく姿勢を変える。
ごろごろ、しゃきん、ぴょーん、ばたばた、ごろごろ、ごろごろ、しゃきん、ばたばた、いじいじ。
そわそわしてるし、とても落ち着きがないし、どこか緊張している。
「前振りが長くなったけど、俺、だから君を連れ出したんだ。いいや、俺が逃げたかったのかもな」
「……逃げたかった」
相づちを打つ。すると、彼は背筋を伸ばした。ゆったりと胡坐をかいて、シーツを撫でる。
彼は少し口角を引き上げる。それは、快感を得ているような表情。
「君は逃げたくない?」
そして、問いがやってきた。ちょっと考えても考えてもよく解らない。逃げたい。逃げたい。僕は逃げ出したいのだろうか。でも、どこへ?
「……まあ、いいね。もう逃げちゃったんだから」
彼はそこで会話を打ち切る。十秒くらい静止し、そして、口を開く。
「じゃあさ、こんなクイズを知ってるかな」
彼の舌は朝から忙しい。執拗に僕に構うようになった。
「ええとね、夫の葬儀の参列者を好きになっちゃった未亡人が、数日後、自分の息子を殺してしまうんだ。それは何故か?」
理由はきっと、昨日のこと。夢を見て、あの地下室に帰っていった。昨日の夜のこと。
僕の現実。彼にとっては悪夢の、あの錯乱のせい。
彼は、それを好ましくは思わないみたいで。
だから、一方通行じみた会話をして僕を彼に縛り付ける。
「好き?」
「うん、その人が欲しくなって仕方なくなった」
あそこが僕の居場所なのにと、思う。彼はやっぱりやつらのようにしてこない。
そのことに、どうしてなのと、泣きたくなったり、叫びたくなったりしたままの関係で。
それでも、彼を見る。
どこか不安そうに僕を見る、彼がいた。
「殺すとね、葬式やるの。そうすると、会えるの」
見つめあうと、静寂が訪れる。テレビもラジオもないから、音がない。
ここは昨日とは違う場所、それは移動を続けている証拠。
また彼と走ったりして、別のホテルにやってきている。
「間違えた?」
外にいる間も、ずっと彼は話しかけてきたのを思い出す。
辛くない、疲れた、ごめんな。
黙って首を振り続けたのは、彼が安心するみたいだから。
「いや、正解、だけど。うん、正解だけどさ……」
そうして、今になる。
「じゃあさ」
えとさ、うんとさ。
彼は唸り始める。迷うように腕を組み、彼は眉を寄せたりして。
ぽんと、手を叩いた。
「うん、今日はいい天気だったよね。暑いし、あっそうだ、汗かいたよね。シャワー浴びたら気持ちいいかな、そうしようか」
彼の言葉に、とうとう思い出してしまったんだなと、心が痛くなる。
シャワー。気持ちいい。
それは、彼がやつらに変貌する合図だろう。
しかし、彼はずっと何もしなかった。僕を地下室から引きずりだしただけだった。
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