三日目

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 だったら、今日も何もないんじゃないのだろうか。  思わず期待して、逆に冷静になると、すべてが見通せた。これは、ただの欺瞞じゃあないのか。何もしないなんてありえないという結論に達する。  どう足掻いても、僕に苦痛がないのはない。  苦しむべきで、悲しむべき。  今までゆったりしていたような気もするけど、これからのための休憩。  彼は最初に湯を渡してきて、僕はうなだれる。  服は置いてあるものを着たらいいと教えられて、努力して頷く。  のろのろと洗面台に向かい、タオルと共に備え付けてあるガウンにどきっとする。ゆっくりと、手に取る。大きな布みたいで、でもちゃんと手が出せる。  彼はやつらみたいに屈辱的なプレイはしないだろうと思い、なんとか割り切る。  ご飯ももらえたし、休ませてくれた。  涙が何故か滲む。  それは、感情が崩れていくような感覚。大きな声で泣きたくなった。  ひたすら我慢して、服を脱ぐ。そして、シップが貼られていることを思い出した。剥がそうと指を伸ばし、貼られた瞬間を思い出す。シップを撫でると、とても嫌になった。剥がすのが嫌で、このままにしておきたい願望。包帯も絆創膏も大切なものみたいに感じた心。だけど、剥がした。一気に、すべてを取り外した。  いっそ初めからなかったらいいのに。  すうすうと肌に風が通る。外気に触れた皮膚に変な感じがする。シップを貼るのは久しぶりだからと何回も考える。だから体を手早く洗い、ガウンを羽織る。  下着は渡されなかった。このままがいいのだろう。 「早いね、もしかして風呂嫌い?」  部屋に戻ると、彼は僕を迎える。  否定を仕草で表わすと、しとしとと髪から雫が落ちていく。すうっと布に染み込んだり、ぽたっと床に零れたりする。  彼を見つめる。 「……よくさ」  すうっと流れる。冷たい雫が、肌を伝っていく。 「たまらない表情、するよね」  それは、どこか震えた声で。  やつらもよく喉を震わせていたと回想したりして。感知が警報を鳴らす。肌が泡立ち、彼が僕の手を取る。 ……なんだ、やっぱりやつらなんだ。  ふと漏れた呟きは表に出ずに、吐息となる。  彼は無言で、人形になった僕をベッドに眠らせる。  そして、額に唇を落とした。  とうとう、くる。  意識しないのに、体は硬直していく。指先が重い。凍ったみたいに、筋がかたまる。  くる。  やっぱ彼もそうする。  抵抗はしない。沈着な物分かりよさが、事態を了承する。  彼は何もしない。それは愚妹な浮薄。そうだ。何もしないくせに、僕といるなんて。だけど、胸がきりきりする。  嫌なのに、消えてしまいたいのに。  内面は逆らいたくても、躾けられた肉体は微動だにしない。  どうして、僕は。どうして僕が。  しかし。  彼は「おやすみ」と言った。  ぱさぱさと僕の髪を擦る。感触を確かめるように、長さを楽しむように触る。そうして部屋の明かりを消し、バスルームへ行ってしまう。  僕は体を起こす。彼の言葉を反芻させて、瞬きをする。 ……シャワーを浴びてからするつもりなのだろうか。  ベッドに横になり、彼を待つ。  だけど彼は出てきても、ソファに寝ころんでしまう。待っていても、時間は過ぎていくだけ。  何もしないの?  僕は何もしなくてもいいの?  すうすうとした寝息はない。きっと彼は起きている。その反応に窮する。  彼はやっぱり何もしない?  今日は、今日も、ぐずぐずできるの?  ゆったりと足をシーツの中に遊ばせる。柔らかな布が体温を纏い暖まっていく。ぬくぬくしていると、暑さと湿気で深く眠れるんじゃないかなんて、楽観できる。  目蓋を下ろす。  いつも眠りは浅く、熟睡なんてしたことはないけれど。  彼は僕を抱かない。嫌なことをしない。  何故かは理解できなくても、彼といると重々しさが静まる。憂鬱が蒸発していく。  何もなくて、張り詰める必要がなくて。 ……ああ、くつろぐってこれだったんだ。  今まで、ずっと嫌だった。  暗闇の中、過去を回顧する。
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