三日目

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 そして、彼に口付けた。  泣きたくて。  そこには、ただの、唇があっただけだった。  苦しんでいたい。  そう、僕に安息なんてない。痛覚を悲哀を刺激されるべき存在。人間になりきれない、ただの道具だから。  だから、僕をめちゃくちゃにしてください。  引きちぎれるような祈りを捧げながら、彼に縋りつく。……それなのに。  彼はそうっと僕を抱き締めた。  唇を引き剥がされ、僕は止まった。彼は震えていた。ただ、感情に身を任せて。  ここにやつらはいない。僕と彼しかいない。  それは、彼が震える理由が僕だという事実。行動が挫かれて、心が少しづつ自失に追い込まれる。そして、取り繕うよう彼を眺める。  大きな指で頬をなぞられる。ぽつぽつと透明な液体が溢れる。彼の目尻から液体が溢れて零れていく。子供のようにしゃくり上げていて、さめざめとしていて。  息を吸い込むようにして泣く動作。凝視して注視して、なのに僕は直視だけが出来ない。  彼はしめやかにすすり上げる。嘆いてるのか、煩っているのか。  指先で僕の頬をなぞり、泣き続ける。  彼は拭うように、僕の頬を擦る。その繊細な仕草は、欲望の欠けらもない。だけど、僕の知らないものがあって。茫然とその行為を受ける。  そんなのがほしかったんじゃない。  違う、と拒んだり噛み付いたりして。  そうして、暴れる。叫びだそうとした瞬間、彼は僕を強く抱き締めた。  ぎゅうと腕に絞られる。さっきとは異なり、強すぎる力でしっかりと抱く。骨が軋んでいくようだった。苦しいぐらいで、本当に痛いぐらいに締め付けられる。  これが、初めてだった。  彼から与えられた最初の苦痛だって気付いて、違和感を覚える。  これは、ずっと望んでいたものだった。そして苦しんだのに、当惑するほどやるせない。  喉まで締め付けられるようで、息が出来なくて。このまま絞め殺されてしまいそうなのに、どこか包まれているようでもある。  ぎゅうっと締め付けられる。  どうして彼は僕を苦しめるのかなんて、撞着が胸を過る。言葉が出ずに喘ぎになる。  拒絶したくても、彼は許さなかった。  骨と骨がぶつかって、たまに筋が潰れそうになる気がして。自分の肘が肋骨に食い込んで、胸がじわじわと圧迫されると思って。  息が乱れる。  身じろいで彼の拘束から逃れようとする。だけど彼は離してくれない。ぽたぽたと彼の涙がうなじに流れる。背中を舐めるように雫が伝っていく。彼は泣いている。悲しんでいる。苦しんでいる。それは今まで僕の役割だった。  どうして彼は泣いているのだろう。何が耐えられないだろう。  そして、僕は何を認めようとしないのだろう?  彼はただ抱き締めている。ずっと、抱いていた。  そうして、落ち着いてから僕を解放した。長くそうしていた気もしたけれど、どのくらいか解らない。  僕にガウンを羽織らせ布団に寝かしつける。けれど、今までとは違った。  彼は僕の隣に腰を下ろし、黙って背中をさする。それは、愛撫になりきれないもので。  ただ、背中に手をすべらせるだけだった。僕は黙ってそれを受け入れる。彼はもう泣き止んでいた。  そっと目を開けて彼の様子を窺うと、面はゆそうに鼻水をすする。彼は不明瞭で、危ういほど疑問の固まりで。  けれど。  狐疑することが、どうしても出来ない。それは、見境なく猜疑する僕でも。  彼は、もしかしたら、本当に。僕に嫌なことを人じゃないんじゃないかと浮かべた。  それは水面のように脆い感覚だったけれども。
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