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でも、もうなくなっていたから。
「十秒以内に剥かないと殺すって、言ったよな」
僕のせいで、殺された。
縋りつくように少年の手を握り締め、嗚咽する。だらだらと涙を流しても、少年は生き返らない。
代わりに、血がとまろうとする。だんだんと体温が無くなっていく肌に、死んでしまったと脳が判断しようとする。
流れ出る血はとまる。
それは、少年を殺したという事実だけを僕に残す。
少年だったものの、虚ろな瞳が僕を通過する。
剥かなかったから、剥がなかったから。
でも、もうなかったじゃないか。もう、無理だったじゃないか。
僕は指先を見る。息を飲んだのは、痛みを伴う夢のせいで。
心臓が縮まったのは、そこに爪がある現実のせいで。
僕の指先には、爪がある。だらだらと血が流れる。まだ剥いていない爪から、赤い赤い液体が溢れていく。
なのに、爪がある。
あの痛みは、苦しみは、まだ続くのかという苦悩と、どうしてなのかという疑問が脳裏でごちゃごちゃになる。
でも、あるならば、あるならば剥がなくては。まだ、まだ、まだあるのだから。
恐怖と、多分祈りのようなもので、爪を排除しようとする。それなのに、やつらが手首を捻りあげて阻害する。
どうして、なんで、こうしないと、早くしないと。
「何をしてっ――」
「わかりましたっわかりましたわかりました、はぐからはぐからはぐ」
「ちょっとっ君っ」
やつらが僕を押さえつける。首を振って、何度も振っているのに離してはくれない。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「だいじょうぶだよ、だいじょうぶだから」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、たすけられないよごめんなさい、はぐから、はぐから、きるのはいやなの、だからたすけてっごめんなさい」
「だいじょうぶだから。だいじょうぶだから、ほら、まわりをみて」
「やだ、もう、しんじゃわないで、いやだよ」
「おちついて、まわりをみるんだ」
「たすけて、たすけてよぉ」
「だいじょうぶだよ、おれがいるから」
「たすけて、ごめんなさい、たすけてください、ごめんなさいたすけてたすけてごめんなさい」
やつらを振り払おうと藻掻く。そして、少年を見上げる。
そこには、綺麗な金色があった。
「大丈夫だよ」と繰り返し口にしているのを聞いて。
一瞬で、現実が舞い戻る。
そして、気付くと、彼が僕を見下ろしていた。
少年はいない。やつらもいない。地下室ではない。状況が理解できずに、震える。誰も僕を押さえ付けてもいない。強く握り締めていた彼の手首を見つめて、記憶を拾い上げる。
あの場面はなんだったのだろう。
手首から指を剥がしながら、彼がいることを確かめる。
今のは、幻覚?
「血、ついてる」
指先に絡み付いた血に気付き、じっと見る。彼を見上げて、「あ」と声をあげた。
彼の腕には切り傷があった。
「ここから、ついてる」
ぼんやりと指摘しながら、まだ新しいものだと感じ取る。
「さっき風呂場で滑ったんだ」
刺されたような傷と、赤い染みのシャツ。それは、まだ新しい傷口で。
「血、流れたら死んじゃうよ」
これ以上、流れ出ないように手の平で赤を覆う。そうすると、彼が微かに笑った。
「大丈夫だよ、深くはないから」
そうっと彼が反対の手を離す。熱い痺れとともに、片方の腕の感覚が戻る。僕の手には、鋏が握られていた。彼は僕を抱き寄せると、ついでのように鋏を奪う。白く煌めいた刄に瞬いた。
「手当て、する?」
ふるふると、彼は首を振る。ふわっと僕の額に触れて、時々、困ったように眉を寄せる。
「まずは君の手当てをしようか」
彼の血液をなぞると、どうして僕を優先させるのかと首を傾げる。
「怪我、してないよ?」
彼が泣きだしそうに笑う。
「そうだね。でも、またシップとか貼らなくちゃ」
そして僕は、どこか重い目蓋に目を閉じる。床からひんやりと体が冷えていくのを感じて、フローリングに座り込んでいると知った。
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