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「もう大丈夫だよ、ここにいるから」
安心させるような、必死の彼の呼び掛け。目蓋を開けると、変わらずそこにいる彼。
「うん、でも、どうしたの?」
「うん?」
「血が、たくさん。血がたくさん。死んじゃうよ?」
その彼は頬も切れていた。
手首には食い込んだ爪の跡があって、まるで暴力の後みたいで。
それと、血液の付着した鋏が手の中にあった。
「ああ、テーブルにぶつかったんだ」
「血があるよ、死んじゃうよ」
「いや、大丈夫。それより、落ち着いて息を吸って」
手本のように、彼が深呼吸する。ゆっくりと、肺に息を満たす。すうっと、僕も吸い込んだ。
そうすると、じんわりと思考が落ち着いてきて、正体のない罪悪感が胸に燻る。
涙が、ぽつりと落ちた。
「ここにいるんだから、もう大丈夫だよ」
その雫は、少年を思い出させる。いつか身代わりにした、少女を浮かばせる。
だから、聞いた。
「死んじゃわない?」
「うん?」
かたかた揺れる指で、彼をさした。
「死なないよ、君を守るから」
迷いなく頷いて、彼は僕を抱き締める。ほわっとしていて、ごつごつしている。
それから周囲を見回す。ぐちゃぐちゃな室内がそこにある。荒らされたようで、暴れ回ったようでもある。
時刻は朝を指していたのが、不思議だった。
昨日の夜は、彼に抱き締められて眠っていた。やつらが来たなんてこともないのに、荒らされた室内。彼の匂いをかぎ、くすんと鼻を鳴らす。もどかしい狂態が、部屋の影に潜んでいるようで。彼は気にさせないように、強く抱き締める。痛くて、胸が張り裂けそうで、でも、じんわりと苦しさが納まっていく。
ゆっくりと息を落ち着ける僕に、彼は背中を叩いた。ゆっくりと摩擦して、彼も息をつく。
「何か、暖かいものでも飲もうか」
離れようとする彼を、しがみ付くことで制止する。
彼の髪の色を見ていた。地獄から解き放つ光の色。
彼は頷く。柔らかく穏やかな笑みさえ浮かべて。
「悪夢を、見ていたんだね」
彼はまた、悪夢と口にした。
あれは悪夢じゃない、現実に少年は殺された。
でも、それは過去で。現在、僕は彼といる。
どうしてか彼は僕を連れて、一緒にいる。
はぜて、燃えて、撃って、走って、抱き締めて、眠って。
「あったかい……」
「そう」
「ごめんね」
「え?」
「ありがとう」
彼をじっと見つめる。闇から、血から、痛みから、苦しみから、不安から、震えから、すべてから解き放つ光のような髪の色。
「もっとずっと、ぎゅっとして」
いっぱい泣きそうになったのは、どうしてだろう。
「また、眠りなさい」
「……うん、ぎゅっとして」
「君が、どこにいようが必ず起こしてあげる。君がどこに落ちようが、受けとめてあげるから」
彼まで泣いているのは、どうしてだろう。
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