四日目

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「もう大丈夫だよ、ここにいるから」  安心させるような、必死の彼の呼び掛け。目蓋を開けると、変わらずそこにいる彼。 「うん、でも、どうしたの?」 「うん?」 「血が、たくさん。血がたくさん。死んじゃうよ?」  その彼は頬も切れていた。  手首には食い込んだ爪の跡があって、まるで暴力の後みたいで。  それと、血液の付着した鋏が手の中にあった。 「ああ、テーブルにぶつかったんだ」 「血があるよ、死んじゃうよ」 「いや、大丈夫。それより、落ち着いて息を吸って」  手本のように、彼が深呼吸する。ゆっくりと、肺に息を満たす。すうっと、僕も吸い込んだ。  そうすると、じんわりと思考が落ち着いてきて、正体のない罪悪感が胸に燻る。  涙が、ぽつりと落ちた。 「ここにいるんだから、もう大丈夫だよ」  その雫は、少年を思い出させる。いつか身代わりにした、少女を浮かばせる。  だから、聞いた。 「死んじゃわない?」 「うん?」  かたかた揺れる指で、彼をさした。 「死なないよ、君を守るから」  迷いなく頷いて、彼は僕を抱き締める。ほわっとしていて、ごつごつしている。  それから周囲を見回す。ぐちゃぐちゃな室内がそこにある。荒らされたようで、暴れ回ったようでもある。  時刻は朝を指していたのが、不思議だった。  昨日の夜は、彼に抱き締められて眠っていた。やつらが来たなんてこともないのに、荒らされた室内。彼の匂いをかぎ、くすんと鼻を鳴らす。もどかしい狂態が、部屋の影に潜んでいるようで。彼は気にさせないように、強く抱き締める。痛くて、胸が張り裂けそうで、でも、じんわりと苦しさが納まっていく。  ゆっくりと息を落ち着ける僕に、彼は背中を叩いた。ゆっくりと摩擦して、彼も息をつく。 「何か、暖かいものでも飲もうか」  離れようとする彼を、しがみ付くことで制止する。  彼の髪の色を見ていた。地獄から解き放つ光の色。  彼は頷く。柔らかく穏やかな笑みさえ浮かべて。 「悪夢を、見ていたんだね」  彼はまた、悪夢と口にした。  あれは悪夢じゃない、現実に少年は殺された。  でも、それは過去で。現在、僕は彼といる。  どうしてか彼は僕を連れて、一緒にいる。  はぜて、燃えて、撃って、走って、抱き締めて、眠って。 「あったかい……」 「そう」 「ごめんね」 「え?」 「ありがとう」  彼をじっと見つめる。闇から、血から、痛みから、苦しみから、不安から、震えから、すべてから解き放つ光のような髪の色。 「もっとずっと、ぎゅっとして」  いっぱい泣きそうになったのは、どうしてだろう。 「また、眠りなさい」 「……うん、ぎゅっとして」 「君が、どこにいようが必ず起こしてあげる。君がどこに落ちようが、受けとめてあげるから」  彼まで泣いているのは、どうしてだろう。
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