2人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は反芻する。彼は頷いた。
だけど、僕は首を振る。どこかと聞かれても、答えられる場所がない。
少しだけ考える。今まで見た景色を振り返って、行きたいところを探してみる。
どこか。
どこかに行く。
どこか。
記憶を引っ繰り返しても、どこかがどこか解らない。場所の区切りを明確にしようとして首を傾げる。
あの地下室、そして彼のいるここ。
どこへ行ってもやつらは追いかけてくる気がして。
僕がいるのは、やつらの手の平に思えた。
それから、窓を見る。ガラスが外界を区切っていた。
だけど、今、こうしている時だって。
「解らない」
「じゃあ、どこか考えておいて」
「どこか」
「北とか、南とか、そんなんでいいんだ」
実は、俺もなにも考えてなくてさ。彼は最後に付け加える。
「そうだ、例えばさ」
彼は僕を手放し、カバンを漁りだす。衣服を散らかして、一冊の本を出した。
僕の胸に抱えられるような大きな本。英字は知らない単語で、内容が掴めない。
ソファに座り彼はページを捲る。ぺらぺらと静寂に紙を捲る音が響く。彼はふと顔を上げて、手を振った。僕を招きよせる仕草は柔らかい。
「こっちにおいで」
膝を叩かれ、僕は言われるがままにそこに腰を下ろす。彼はにっこりとする。そして、僕を抱きしめるような形で本を開いた。
「ここがいいなーとか、ないかな」
邪魔にならないように体勢を逸らす。そうすると背中に彼の体温を感じる。あったかくてどこかぬるい。
彼が見ていたのは空の絵だった。
あおあおとしている。空が奇妙に青く色づいている。変だとは感じたけれど、どこか知っている色彩。
空が青い。
僕は彼を忘れてじっと見つめる。
コンピュータで色を塗ったのだろうか。そうは思えない、これは異なる。
色が自然に、本当はこんな色だというようにここにある。
赤くもなければ、灰色でもない。透き通っていて、どこまでも続きそう。
青い。
色で言えば、水色に近い。しかし、青だ。
興味を隠せないのは、驚愕したから。
こんなのはありえない。
瞳が自然に広がっていく。
それは心が魅了された感覚だった。信じられないという不安と恐ろしさ。だけど、安定した青が視線を引き剥がさせない。
頭上から笑い声がした。はっと現実に帰る。
恥ずかしさと怯えが遅れてやってきた。無防備を晒しさ気まずさに僕は俯く。
「青空だよ、見たことない」
あおぞら。
僕は首を振った。
「俺も写真でしか見たことないけどね」
写真。
僕は彼を振り返る。頭の上に彼の顔がある。どこか悲しそうで、憧れを伴う表情をしている。
「……この街は、灰色の空だからね」
噛み締めるように呟く。
「青空」
本当に存在するのかと疑う。にわかに信じたがくて否定する。
だけど徐々に肯定に傾いていく。こんなのない、あるわけない。だけども。
心が馬鹿みたいだと嘲笑っても、理性がそっと諭していく。
写真だから。そうかと頷いてしまうから。こんな美しい色を、存在を、人間の手で作れるはずがないと思うから。
この空がどこにあるのかなと想像する。この世の中にはない気がする。
だけど、それはないと言い聞かせる。常識に欠如した思考でも、写真はある景色しか撮れないくらいは教えてくれる。
海外、なのかもしれない。
「青……」
そうして、やっと気付く。彼がこの空と同じ青い瞳をしていることに。
「同じ色」
彼の顔を覗き込む。もっと見ていたくて近寄る。彼は不思議そうに首を傾げる。
最初のコメントを投稿しよう!