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これはなんなんだろうと感じる。一瞬だけ、何か大切なものを忘れた気分になる。振り払って、現実を直視する。そこにはただ、貝みたいなものがある。
ただただ、不思議な気分になった。僕はどうやって生まれたのかとか、親の顔ってどんなのかとか。そんなもので、妙な気持ちになる。
ここから僕を生み出した人がいる。いた、かもしれない。
だけど、その事実に僕は眉を寄せてしまう。何か違う気がする。
世の中のすごく苦しいこと、いっぱい痛いこと。そのもやもやが集まって僕になった。ちょうど、蒸気が滴り水たまりを作るように。そうして僕が生まれた。
そんな風に想像する、自分が誕生した瞬間を。
ありえないこと。そう思う。なのに、自分がそうやって生まれたような気分。人間の肉体から生まれたというよりも、こっちの方が頷ける。よっぽど信憑性に満ちている。少なくとも、僕には。
やつらが僕の腰を蹴る。少女の足や腕を切り落としたノコギリを振るって。さっさとしろよ。さっさとしないと。そう叫ぶ。いつも僕を焦燥させる、残酷な動作。
僕を囲んでいる、やつら見回す。同じ顔がずらずら。そう見える。区別なんて、ない。やつらってだけ。それだけ解ればいい。
この人たちはなんだろう。それは解らないけど、悲しくなると考えてしまう。
寄って集って、色んなものを奪っていく人。それしか知らない。いつか僕を殺す人。それしか解らない。
だから「やつら」と勝手に命名した。
やつらはなんでもやる。殴ったり、蹴ったり、嫌なことばっかり。
僕も昔は普通の人間だったはず。多分、そう。あまり覚えていないけど、僅かながらに残っている記憶。それが、そうだったんだって教えてくれる。
でも今は化け物になった。やつらがそうした。胸を植え付けられた。違う。性器を植え付けられた。……かもしれない。いや、胸を抉られた。いや、性器を引っこ抜かれた。……どちらだろう。
頭を捻っても、ぐるぐるする。目が回りそうになる。本当はどっちなのか忘れてるみたい。でも、どっちでもいいと心の中で納得する。あまり関係がないから。
僕はやつらの立派なおもちゃ。それだけでしかないから。他のことは、考えたい人が悩めばいいのだ。そう、丸投げしてみる。
そうして、今、僕は自分と同じ少女をおもちゃにすることを強要されている。少女に共感に近いものはある。だけど、ほっとしているのを胸の中で感知する。
彼女がこうされている間は、何もされない。僕が揺さぶられている間、彼女に危害がなかったように。
捨てられた手首を掴んだ。ゴムみたいにぐにゃっとしている。人間の手首じゃないみたいだ。
少女の太股にはきつくベルトが巻かれてある。止血剤を塗ったのか、それとも元からそういう処置をしていたのか。もう、あまり血が流れていない。
それは怖かった。視線をそらせて少女の目を見る。どきっとした。心臓の動きが速くなっていく。
少女はもう叫んでもいない。狂ってもいない。ただ、目を開き宙を見つめている。それは、寂しい目だった。意志とか人を動かすものを根こそぎ奪われた目だった。背筋がぞっとした。少女をどうにか反応させたくて、手首を少女の中に突っ込んだ。
空気の動きで、やつらが笑ったのが伝わる。少女をひたすら犯していく。歪な手繋ぎで、作業するみたいに。謝りたくても、何もできない。
少女は一週間前にやつらの前に連れられてきた、その時を思い出す。涙も見せない強い眼差しをしていた。攫われたと言っていた。悔しさに唇を噛んでいた。あんたはどうしたのと聞かれて、答えられないでいるとそっぽをむかれた。そうだったのに、それだったのに、もう違う。
あの問いに答えれば、少女は反応してくれるのだろうか。そんな空想してみた。
でも、嘘をつかないかぎり僕は答えられない。だから、妄想してみた。
そうして、耳元で囁いてみる。
僕、僕が、僕は、どうしてこうなっているのか、解らない。攫われたのかもしれない、売られたのかもしれない。意味はないのかもしれない。自らここにやって来たなんてことはない。それだけは断言できる。
少女は無反応で、僕はひたすら語り掛ける。
すべては曖昧。僕はただ、どん底に突き落とされるだけ。深い深い井戸の底に落ちてくみたいに。ここは光も届かなくて、冷たい。
掻き回して、掻き回して。一瞬、少女は笑った。何かを呟いた。聞こえやしないのに、僕の心にそれが届いた。
殺して。せめて死なせて。
僕は少女がもっともっと苦しむように、激しく腕を動かせた。
僕らは欠落していく。感情を、人間らしさを。それらを繋ぎとめることもせず、爛れさせる。
鈍色に染まっていくのは僕だったのか、外界だったのか。
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