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しかし、意識しないでも彼の体温が体に伝わる。目を開ければ彼がいる。
ああ、このことだったんだ。彼を肌で味わいながら、僕は涙した。
僕は悪夢を見ていた。今までの自分の境遇を思い返す。比喩であって、けれども例えではなく、そうだった。
僕は普通に幸せに生きていた。小さい頃、物心もついていない頃はそうだった。どうしてそうなったのかは思い出せない。だけど、苦痛なんて解らずにいたのに、知らされてしまった。そうだ、やつらによって眠らされていた。僕は悪夢をずっと見せられていた。
そこは死体だらけで、酸素も薄くて、苦しくて、凍えるようだった。やつらは僕の視力を引きちぎって、何も見えなくした。何も見えない僕は、どこで転ぶかも解らず怯えていた。
彼の存在によって、盲目になっていた心に光が差し込む。今まで、僕は悪夢を見ていたんだ。不意に感覚が戻ってくる。彼に感情が作り直される。
あの場所は、悪夢だった。
そうだ、彼が僕を起こしてくれた。おとぎ話みたいに、眠り続けた僕を。
彼はそうやって、僕を現実に引っ張りあげてくれる。何度もそうしてくれていた。
奇跡なんて起こるはずないと諦めていた。現実になんて、もう帰れないと願うこともやめた。祈るには虚しい日々だった。夢から覚めるわけがないと、希望をすべて捨てていた。
だけど、この場所に僕はいる。
もう、怯えることはない。彼がここにいるかぎり、僕はどこだっていける。
眠らずに彼を盗み見る僕を彼は見つめてくれた。彼と瞳をあわせ、僕は忘れていた笑みを浮かべる。
僕らは微笑みをかわした。大切なことを味わうようにそうした。彼は僕が眠りに落ちるまで、青空を見せてくれた。
そうして、僕は悪夢に帰ることもなく、安らかな眠りへと凭れかかった。
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