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僕は彼と出会うまで現実にいた。地下室が僕の世界だった。だけど、彼に眠らされた。心地よい声で、体温で包まされたものだから、夢に吸い込まれてしまった。何よりも僕を救いたいと願った彼により。
彼といた日々は、悪夢以外のナニモノでもない。だって、目覚めた僕は泣いている。
痛くて。
悲しくて。
苦しくて、泣いている。
――僕は銃口を彼に向けた。
僕は幸せなんてないと思ってた。でも、僕でも、もしかしたら幸せになれたかもしれない。なれるのかもしれない。しかし、やつらは僕を離さない。
こんなことになるのなら、希望など見たくはなかった、知りたくなかった。暖かいのを感じなければ、冷たいのなんて解らなかったのに。抱き締めてくれなかったら、誰かを許したりはしなかったのに。
ずっと、ずっと現実にいたかった。夢なんて見たくなかった。
僕の殺意に触れても、彼は宥恕に目を細める。透き通る瞳は責めることもなく、ただ悲壮に染まっていた。
それでも、頭を撫ぜて欲しかった。柔らかい彼の体温を感じていたかった。涙が止まらなかった。心がちぎれそうだった。ありがとう。そう言いたかったのに、言葉がでない。
彼の頬に流れていたのは、雨だったのか。
僕は悪夢を見ていたと思う。
何も解らずにいたのに、知らされてしまった。そうだ、僕は悪夢を見ていた。ここはなんて場所なのだろう、死体だらけだ。
盲目になっていた心に光が差し込む。目に映らなければ存在しないと同然だったもの、それらが認識されていく。網膜に、舌に、鼻腔に、地上の汚れが染み付いていく。
目覚めた体は、ふわふわ浮いているかのように現実感だけがなかった。肌を掠る風は皮膚で止まっていて、瞳に採光は届かず、鼻は血の香りに包まれていた。目覚めた視界がボヤけていく。
僕は目覚めてしまった。あの場所へ二度と帰れない。すべてを受け入れると、涙が溢れた。
僕は帰れない。僕は知らなかった温もりを、暖かさを、冷たさを、希望を、彼に与えられた。帰れるはずもない。
希望があるから絶望がある。
もう無知だった、あの頃には戻れない。彼に抱き締められることもない。
どこかへ行けたと思った。どこかへ行けると信じた。
ここは地上だ。地平線が続く、大地の上だ。区切りなんて、どこにあるのだろうか。
そして、銃声が響く。彼の体が、地面に伏せた。
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