ふーむ、いじめっこキラーか……

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ふーむ、いじめっこキラーか……

 ふーむ、いじめっこキラーか。M2号って、初めにわたしが考えてた人とは全然違ったのかな。不思議なもんだね、M2号はMとは異なり、あんまり嫌いな顔には見えなくなってきた。  精悍な顔立ち、という言葉が男性アスリートに時々使われるでしょ。女性にはあまり使わない言葉なのかもしれないけど、誉め言葉として、「精悍な」と形容してみたくなる顔なのね、M2号は。  一方、Mの方は、整った顔立ちでもあるし、身に着けている物も少女趣味なんで、見た目は悪くないんだけど、性格はね。もう、ここで語るのが嫌なほど、性格は悪い。  もっとも依然として、わたしはM2号と話す機会は全くないから、彼女の方の性格に関してはちっとも分からないんだけど。  そんな或る日、放課後、図書室で本を読んでいると、 「何だ、門野様じゃない、毎度毎度、音も立てずにやって来るんだから」  下町育ちさんが少しびっくりした様な声で、背後に立ったM2号に言った。 「え、梅村先輩、わたし、普通に歩いてるだけですけど」 「いやいや、門野様は寝ている赤ちゃんを起こさないような歩き方をしているよ、いつも」 「そうですか? 自分では気付かなかったけど」  腑に落ちん、といった感じの声でM2号は言った。 「また児童養護施設に新しい子が入ったんでしょ。男の子? 女の子?」 「5歳の女です」 「じゃあ、門野様の妹分か」 「親から虐待を受けて入って来たんですけど、親の方は子供を取り返そうとしてるみたいですよ」 「えっ、そんな事出来るの?」 「出来る訳ないんですけどねえ」  怒りを抑えた顔付きで、冷たく凍った言葉を彼女は発射した。 「自分が何やらかしたか分かってないんですよ、あの親は」 「門野様、そういう親はぶん殴っちまいなよ」 「梅村先輩、わたし、シスター達から、絶対に手を出してはいけませんよ、ときつく言われてるんですよ」 「ありゃりゃ。でも、何だかんだで、あなたもその子の面倒見なきゃいけないんでしょ」 「まあ、少しは。先輩だって、お祖母さんの介護をしてるんだから大変じゃないですか」 「私の場合は、とにかく家に居るのが嫌だったの。だから、少しでも家に居る時間を短くしたくて、思いっ切り通学に時間の掛かる、遠くの中学を選んだのね。もっとも結局は、学園の近くの親戚の家に厄介になる事になったんだけど。だから、実家に居なくて済むんだったら、祖母ちゃんの介護ぐらいどって事ないよ」 「へーえ。あ、そうだ、図書室に来たのは、これです」 「何、このチラシ。ああ、チャリティー・バザーをまた開催するのね」 「バザーに古本が出る事がよくあるんですけど、先輩、覗きに来ませんか」 「こういうところに、掘り出しもんがあったりするんだよね」 「ただしエッチな本は出ませんけど」 「え、そうなの……」 「そりゃそうですよ、修道院が主催のバザーなんですから。いかがわしい物は並びません」 「そ、そりゃ、そうだよね。と、当然だね。まさか君は私がそういう物を期待していると思ったのかな」 「いや、そういう訳では」 「でしょ。……少しも出ないかな」 「出ませんよっ」 「いや、そう、きっぱりと言わなくても。門野様もあそこの信者なの?」 「確かにわたしは宗教団体が運営している孤児院にいる訳ですけど、信者ではないですよ。信仰とは強制するものじゃない、と考えられてるみたいで。だから孤児院の子は、お祈りだって無理強(むりじ)いはされません」  ふーむ、M2号は孤児院に居るのか。あれ、でも、今は児童養護施設と言うんじゃなかったっけ。まあ、それはともかく、孤児院に居るのなら、MとM2号は、少なくとも姉妹ではないよね。親戚という線も薄いな。でも、両方とも苗字が門野っていうのは偶然なのかな? とても気になるんだけど。  あまり詮索する訳にもいかないしなあ、と思っていると、どかどか、という足音が図書室に近付いて来た。お、これは、と予想したら、やっぱり問題児さんだった。 「おお、ここにいたのか、門野様。探したよ」 「どうしたんですか、そんなに息を切らせて」 「まあまあ、いいから。こっち、こっち」  と言って、問題児さんはM2号を何処かに強引に連れて行った。  M2号の両親の事とか、門野家の事とか、訊いてみたい事がない訳じゃない。でも、あんまり立ち入った事に触れるのも良くない。それぐらいの事は解る。  ただ、下町育ちさんが、これ、行ってみる? と言って先程のチャリティー・バザーのチラシを持って来た時は、繁々と見入って感嘆文を口にしたよ。 「いい写真ですねえ、これ。古びた建築物って何とも言えない味わいがありますよね。へえ、学園の近くなんですね。こんなところに修道院があるなんて知りませんでした。わお、ゴージャスな花壇」 「駅に行く道とは反対方向だから、電車通学の人は知らないかもしれないね。でも、チャリティー活動は頻繁にやってるから、地元の人なら誰でも知ってるよ。修道院と門野様のいる児童養護施設は同じ敷地内よ」 「あ、そうだったんですか。この手のイベントに出掛けて行くと、宗教団体から勧誘される、なんて事はないんですか」 「それはないわね。だけどね、困っている人達を助ける為のイベントなんだから、地元の人達も、信者ではないのにお手伝いに行ったりしてるのよ。あのカンナですら時々ボランティアで行ってるぐらいだから」 「へえ、そうなんですか」  と言ってると、問題児さんだけが戻って来た。 「あれ、門野様は」 「あいつは帰りました」 「最近、カンナさんはよく門野様とつるんでるみたいじゃない。また、何か企んでるのかな」 「な、何も企んでないですよ。疑わないで下さい。……おっ、またチャリティー・バザーやるんだね。そういえば、前回は、あたしが昔愛用していたブーブー・クッションを出したっけ」 「ブーブー・クッションて、あの、上に座るとブーって音のするやつ?」 「そうです。ただ、あたしのは改造したやつで、座るとドカーンと爆発音が鳴るやつで」 「はた迷惑なクッションだな」  問題児さんはM2号と親しいみたいだから、いろいろ聞き出してみたいという思いはある。だからといって、他人の生まれや育ちを根掘り葉掘り聞いても良い訳ではない。それはさすがに礼を失している。もっとも、差しさわりのない範囲でだったら、あれこれ尋ねてみたいんだけど……。 「あのぅ、カンナ先輩と門野様って……」 「いや、別に何も企んでないから」  問題児さんは、何かをごまかしたがっている様な口調で言った。 「あの、企みはどうでもいいんですけど、かなり親しいですよね」 「あいつとはさ、小学生の時から知り合いでさ。その頃ガミガミうるさい教師がいたんだよ。それで、そいつの傘の中にアマガエルを隠して驚かせてやろうと思ったんだけど、門野はその現場を見ていたにもかかわらず、あたしの悪戯を黙っていてくれてさ。何ていいやつだろう、て思ったよ。あ、勿論、その前からあいつの事は知ってたよ。児童養護施設の前に赤ん坊が捨てられてた、てのは地元ではすごい噂になってたし、その頃3歳のあたしの耳にも伝わって来たぐらいだしね。養護施設の門の前に、蜜柑が入っていた段ボール箱の中に赤ん坊が寝かされてたから『門野ミカ』って名前になった、てのも有名な話だよね。それで……」 「せ、先輩。そ、そういうデリケートな話を他人がべらべら喋ってしまっていいんですか!」  問題児さんは、はっとした顔で、 「ああ、そうか。そう言われてみれば、そうかもね。……この辺の住民は、みんなこの話を知ってるから、つい、べらべらと話しちゃったけど、確かに人様の出自を勝手にべらべら喋っていい訳ないよね。これからは気を付けるよ。教えてくれてありがとう」 「いえ、そんな……」  問題児さんは素直に頭を下げた。でも、結果的に、わたしが知りたかった事が分かっちゃったの。  そういえば、前にお母さんが言ってたけど、丁度わたしが生まれた頃って、日本は経済面で酷い事になっていたらしい。  政治家はウヨクでもサヨクでもいいけどシリシヨクは困る、という時代だったんだって。そして私利私欲にまみれた政治家のせいで経済政策が壊滅的な事になり、貧困層が激増し、子供と一緒に一家心中をしちゃったり、生まれたばかりの子供を遺棄したり、なんて事態が多発したらしい。M2号もそんな時代の子供なんだね、きっと。 「じゃあ、門野様って、門野家の人と何か繋がりがある訳じゃないんですね」 「そうそう。結局、親に関する手掛かり無しだから」 「ふーん、そうかあ」  わたしは先輩達に、小学校の時のクラスメイトに、門野という苗字で、顔も門野ミカ様にそっくりの人がいた、と話した。いじめの話は抜きでね。 「だから初めは、この二人、親戚かなあ、と思ってたんです」 「こっちの門野ミカ様は天涯孤独の身の上だからね。苗字が同じなのは偶然ね」  と下町育ちさんが言った。  それにさ、と問題児さん。 「外ヅラが似てたって、中身が同じとは限らないからね。人間はやっぱり、内面が大事。なんてったって、こっちの門野は、アマガエルの件をバラさなかったいいやつだから」 「カンナさん、アマガエルにこだわり過ぎだよ」 「君の元のクラスメイトの門野ってさ、こっちの門野みたいに大盛りラーメン10杯食べたり出来るの?」 「いや、それは……」 「じゃあ、あんころ餅を37個食べた事は?」 「それは無理では……」 「じゃあ、チーズバーガー27個は?」 「そんなには、ちょっと……」 「何だ、内面は違うんだ。全然似てないじゃん」  それは内面ではなく、内臓の問題なのではないでしょうか。  ただ、M2号って、初めに考えていたのとは違う意味で「オソロシイヤツ」という気がするな。――大盛りラーメン10杯だと!?  
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