吹奏楽部が新入生歓迎のための演奏会を……

1/1

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

吹奏楽部が新入生歓迎のための演奏会を……

 吹奏楽部が新入生歓迎のための演奏会をやるという。学校の中庭に、譜面台や椅子が並べられている。わたしははしっこの方の座席にきちっと座って開演の時を待っている。予定の時間を3、4分過ぎたところで、突然後ろの方で、スネア・ドラムの連打が始まった。はっとして振り向くと、吹奏楽部のメンバーが、楽器を手にして行進して来た。  この学校は私服なのだが、吹奏楽部の人達は、全員お揃いの黒いスーツを着用。同じく黒い帽子を小粋にかぶって、さながら真面目な顔をしたブルース・ブラザーズといったところか。行進しながら奏でている曲はわたしの知らない曲だったけど、プログラムによると『ピック・アップ・ザ・ピーセス』だ。  毬輪さんはトランペットを吹いている。毬輪ひなたさん。そう、プログラムには書いてあった。はしっこの席のわたしのすぐ側を通って行った。背筋がしゃんと伸びていてかっこいいなあ。途中、毬輪さんのソロ・パートがあり、ほっぺたをふくらませながら、全然休符を入れずにトランペットを吹いていた。息継ぎはどうなってるんだろう。あんな事も出来るんだ。すごいです。  空は青空。少し遅めに開花した今年の桜。花びらはちぎられまいとして風に逆らっている。金管楽器に反射した陽光のせいでわたしは目を細める。そういえば去年の桜の時期にはひどい目にあったな。いつの間にか背後に忍び寄ったMがわたしの髪に毛虫をくっつけたのだった。きゃっ、と叫んで慌てて手で振り落とした。Mったら、あーら、毛虫なんかよく手で触れるわねえ、なんてすっとぼけていたっけ。何が、あーら、だよ。  小学校の時の事を想い出しているうち、吹奏楽部の演奏会は最後の曲になった。曲は、わたしでも知っている『A列車で行こう』だった。順番にアドリブ・ソロをとっていくパートでは、毬輪さんへの拍手が一番大きかった。人気があるらしい。  大いに盛り上がったところで演奏会は終わり、指揮者を務めていた部長とおぼしき人が、新入部員を募集しています、と呼び掛けた。何をやっても不器用なわたしは楽器なんて絶対無理。あんな風に演奏が出来る人達はうらやましい。 「吹奏楽部さ、今日のコンサート、講堂でやると勘違いしてたんだって。プログラムには雨天以外中庭で、って書いてあるのに。そそっかしいなあ」  後ろの方から誰かがそんな事を言うのが聞こえて来た。へえ、そうなんだ、と思っていると、 「ねえ、ユミちゃん、この学校の吹奏楽部ってレベルは高いの?」  うっ、この声はまさか。  振り向くといつの間にかわたしの背後に……。M2号が知り合いらしき女の子と話をしている。うわっ、全然気付かなかった。背筋がぞっとした。わたしはすぐさま両手で髪の毛をばさばさと払った。また、あんな目にあったら……良かった、毛虫は付いてない。ふうっ。  そんなわたしを見て、M2号とその友達は、挙動不審者を見る様な目でわたしを見ていた。あ~あ。そりゃそうだよね、何やってんだ、この女、って感じだもんね。恥ずかしくなったのでわたしは中庭を離れた。吹奏楽部の人達は談笑しながら後片付けをしている。それを横目で見ながら歩いていたら、桜の木からぽとっと毛虫が落ちて来た。もう少しで踏んづけそうになるところを何とかよけたけど、ひいっ、と声をあげたので何事かと思われたみたい。  桜なんて大嫌いだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加