わたしは相変わらず……

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わたしは相変わらず……

 わたしは相変わらず、M2号の声を聞くだけで、びくっとしてしまう。小学校時代のMが突然、瞬間移動して来たんじゃないかとびびってしまうんだ。はあ、情けない。  別にM2号からは意地悪された訳じゃないし、そもそも彼女とは全然話す機会がないんだから。  この学校に友達のいないわたしと違って、M2号のところにはクラスメイトが集まって来る。隣のクラスからも来る。上級生もやって来て、不思議な事に、門野様とかミカ様なんて呼んでいる。様を付けて呼んでいるからといって、へりくだってる訳じゃないんだよなあ。普通の友達、仲間という感じなの。M2号の方も、門野様はやめて下さい、なんて言ってるんだけど、上級生はみんな、「門野様」、「ミカ様」なんだよねえ。クラスメイトはみんな、「ミカ」とか「ミカッチ」と呼んでるんだけど。  隣のクラスに、M2号と特に親しい女の子がいるらしく、しょっちゅうこちらの教室にやって来る。みんなからは「ユミちゃん」と呼ばれている、少しぽっちゃりして、ほんわかした雰囲気のお嬢さんだ。 「やあ、ミカッチ。ミカッチのきょうだいがまた増えたんだって」 「早耳だねえ、ユミちゃん。これで15人になったよ」  M2号は溜息まじりの声を発した。  15人きょうだい? 大家族じゃん。まさかその中にMはいないよな。いたらやだな。親戚でもやだな。M2号とほんわかお嬢さんの会話に何か手掛かりがないか、意識をそちらの方に向けてみる。だが、そんなところへ、例のあの人がやって来た。 「おっす、門野。おっと、門野様と呼ばなきゃいけないんだったな」  高等部の問題児さんが親しげにM2号の肩をぽんと叩いた。M2号は困った感じの声で、 「カンナ先輩、『様』はやめて下さい」 「うははは。まあ、いいから、いいから」  問題児さんがやって来ると、教室にいる女子も男子もこの人の周りに集まって来るね。 「カンナ先輩、俺、この間のソフトボールの試合、観に行きましたよ」 「オレもです」 「先輩、あの試合、観客席の方で揉めてたみたいだったけど、何かあったんすか?」  ああ、あれね、と言いながら問題児さんは頭を搔いた。 「むこうの4番バッターって、このあたりでも有名なスラッガーなんだよ。あいつのバットで試合が決まる、なんて事がしょっちゅうでさ。あたしはキャッチャーだから、ここはあたしの頭脳を使って何としても抑えなければ、と思ったんだよね」 「ほう?」  みんなは「頭脳」という言葉に違和感を感じた様に首を(かし)げた。 「で、相手チームの4番にはカレシがいるみたいで、三塁側の席で観てたんだよ。試合中でもお互い手なんか振っちゃってさ。そうすると、キャッチャーとしては、囁き戦術を使ってみたくなるじゃん」 「はあ、なりますか」 「でね、その4番バッターが打席に入った時、『あれ、お前のカレシ、こないだ別の女と手ぇ繋いで歩いてたけどな……』なーんて、囁いてみた訳よ」 「先輩、どうせ、それ、口からでまかせでしょ。ろくな事しませんね」 「そしたらその子、キィーっと眼が吊り上がっちゃってさ。肩も力んじゃって、高めのボール球に手を出した訳。  普通だったら空振りするんだけど、さすがは実力者、思い切り引っ張った打球は三塁側の観客席にライナーで飛び込んで、見事そいつのカレシに直撃したって訳」 「何とかよけられなかったんですかね」 「間の悪い事に、丁度カレシは、右手にホットドッグ、左手にオレンジ・ジュースを持ってたからね。白いシャツにケチャップやらジュースやら、もう、べったりよ」 「それでか。男子トイレに行ったら汚いシャツ着たやつが泣きそうな顔してたのは」 「結局相手の4番は珍しくノーヒットに終わったけどな」 「……カレシとの仲が終わったんじゃなければいいんですが」 「スタジアムには魔物がいる、なんて言うけど、実はカンナ先輩が魔物だったんだな」  問題児さんの周りに集まった人達は、笑い半分、気の毒半分、という顔をしている。わたしが問題児さんのお喋りを耳にするのはそんなに多くない筈なのに、何でこういう、いたずらとか大ぼらという話ばっかり伝わって来るのか、実に不思議だ。 「おっと、こんな話をしに来た訳じゃないんだった」  と言って問題児さんはM2号を連れて何処かに行ってしまった。このコンビが二人だけで消え去る場面はよく目にする。M2号も問題児さんのいたずらだか悪だくみに加担しているのだろうか。その悪だくみがこちらに及ぶ事がなければいいんだけど。わたしとしては祈るしかない。
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