授業中もそうだし、休み時間も……

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授業中もそうだし、休み時間も……

 授業中もそうだし、休み時間もそうなんだけど、このクラスの中で一番もたもたしているのがサヤカちゃんだ。先生に当てられるともたもたと立ち上がって、その拍子に教科書を落っことして、そっちを拾うと今度は鉛筆を落っことす。そして答えがというと、何だか頓珍漢な答えが返って来る。お昼ごはんを食べに食堂に行くのものんびりだし、ごはんをもぐもぐ食べるのもゆっくりだ。  例えば或る日の昼休み。 「サヤカちゃーん、今日のAランチは、エビフライだよ」  とクラスメイトに教えられて、 「やったー」  と、彼女は目を輝かせ、うきうきと食堂に向かった。  たまたま、わたしの隣のテーブルに座ったサヤカちゃん達の会話が聞こえて来た。 「エビフライ、もうちょっとで売り切れになるところでしたよ。買えてよかったです」 「サヤカちゃん、大好物のエビフライが食べられてよかったね」 「ほんと、ほんと。……あっ」 「どうしたの、サヤカちゃん」 「……今日、おべんとうにサンドイッチをもってきてたのをわすれてましたぁ」  おやおや。  何をやってももたもたして、調子っぱずれな事を言ったりやったりする。  こういう子を見てると、おいおい、もた子ちゃん、そんな事ではいじめっこの標的になるぞ、と思ってしまう。  わたしの小学校時代のMだったら、真っ先にいじめるね。そういうタイプだもの。  ただ、もたもたのサヤカちゃん、M2号と仲がいいみたい。もっともM2号がもた子ちゃんの事をどう思っているかまでは知らないよ。ドジなやつと見做(みな)しているか、面白いやつと考えているのか。そこまではね。  今日、体育の授業があった。バレーボールだよ、と言われてた筈なのに、もた子ちゃんは、何故か倉庫から、バスケットのボールを運び出して来た。  サヤカちゃん、バスケじゃなくて、バレーだよ、とクラスメイトから言われ、慌ててバレーのボールが入った籠を引っ張り出して来る。  ただ、あんまり急いだから、ボールが2、3個、籠からころころ転がり落ちたね。丁度M2号の足元にそいつが転がって来た。彼女は器用にもボールを足でぽんと蹴り上げ、籠の中に戻す。ナイス・シュート、ミカッチ、なんて誰かが言ってたよ。  けど体育の先生はM2号を叱ったね。 「こらこら、バレーボールを足で蹴ってはいけないよ」  するとM2号はにっこり笑って爽やかな声音で切り返した。 「でも、先生、バレーボールは思いっ切りスパイクしてボールを床に叩き付ける競技です。どう考えてもわたしの足より体育館の床の方が固いですよ」 「ふーむ、なるほど。そういう考えもあるのか」  体育の先生は腕組みをして呟く。変な先生。叱るんならきちんと叱ればいいのに。  ところでわたしはバレーボールは苦手です。いや、これは不正確な言い方だな。わたしはバレーボールも苦手です。ボールが飛んで来ても、まともにレシーブが出来た(ためし)がない。バレーなんて手が痛くなるだけのスポーツ、誰が考えたんだろう。  レシーブやら何やらを軽くやった後、じゃあ、試合をしましょう、と先生は言った。でね、どういうめぐり合わせか、わたしとM2号は同じチームになった。  M2号はスポーツが得意だ。誰かがレシーブをミスして変な方にボールが飛んで行っても、彼女は軽々と拾ってしまう。ジャンプ力も抜群で、体育館の床をぽーんと蹴ると、高く飛び上がってしばらく地面に降りて来ないんだ。いや、ほんと、そう見えるのよ。  それに比べてわたしはというと、M2号が側にいるせいで緊張してしまい、下手なバレーがさらに下手くそだ。サーブをしても全部ネットに引っ掛かってしまうし。バレー部でもないのに無回転サーブが打てるM2号とはえらい違いだ。  立て続けにサーブレシーブをミスしたわたしは、チームメイトの顔をまともに見られなかった。特にM2号の顔は。彼女はわたしの無様なプレーに文句を言うでもなく、淡々とプレーをしているのだが、内心、わたしの事を馬鹿にしてるんじゃないか、それが気になって、気になって……。  まあ、とにかく、碌な活躍も出来ないのに、冷や汗だけはたっぷりと出て、試合はどうにか終わった。そして、わたし達の試合の次は、もた子ちゃん達の出番だ。 「サヤカちゃーん、お願いだから、本気出さないでぇー」  と、相手のチームから声が掛かった。その時はどういう意味だかよく分からなかった。でも、プレーを見て分かったよ。  もた子ちゃんのスパイクは強烈なんだ!  もの凄いスピードで相手コートにボールが突き刺さる。誰も身動き出来ずにボールが飛び去るのを見送るだけだ。相手の真正面に打ったスパイクも、バシッという大きな音を残して、レシーブしようとした手を痛め付ける。次から次へとアタックを決めて、もた子ちゃんのチームは圧勝だ。 「もう、サヤカちゃん、本気出さないでって言ったのに」  なまじレシーブをしたばかりに、両手が真っ赤になった子が言った。 「サヤカちゃんは空手やってるんだから、こういう時のパワーはすごいんだよね」  そうか、そうだったのか。普段、のんびりしてる様に見えるから気が付かなかったけど、ちゃんと体を鍛えてるんだ……。  その日、家に帰ってから、わたしは今日の出来事を振り返った。    もたもたのサヤカちゃん、それじゃいじめにあうぞ、と思っていたけど、本当は、もた子ちゃんがいじめられれば、わたしはいじめられずに済む、と考えていたんだ。誰かが標的になれば、わたしは狙われないだろうと考えていたんだ。誰もいじめられてはいけないのに、わたしがいじめられなければそれでいい、そんな風に考えていたんだ。それじゃ駄目なんだ。犠牲者が出ちゃ駄目なんだ。  わたしは大いに反省した。  今日は巨大な自己嫌悪です。
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