12人が本棚に入れています
本棚に追加
【短編】来世家庭選択サービス2
白世界から変わり見るからにオンボロそうなアパートの一室。ひどく荒れたその部屋の壁際には同じように髪の乱れた女性が顔を埋めながら体育座りをしていた。微かだが耳をすませばすすり泣く声が聞こえる。
「彼女は白井 彩さん。お仕事はOLをしています。そして正確には結婚されてないのですが同棲している俊哉さんは無職で――」
言葉を詰まらせ眉を顰めた(気がした)**に俺は大体の事を理解した。
「DVですか?」
「はい。それに加えお金も」
なるほど。絵に描いたようなろくでなしのようだ。
だけどひとつ疑問がある。
「ですがどうしてこの方がリストに?」
「それはそのような機会があるからです。子が生まれる可能性のある行為をしている男女は自動的にリストへ追加されます。そこから様々な条件で更にリスト分けされていくというシステムです。なので彼女もリストに追加され手違いによりこのリストへと振り分けられました。本来ならばこのようにあまり良い家庭環境といえないご家庭はランダムリストへと振り分けられると思います」
**の説明を聞きながら俺は未だ小さくまとまり泣き続ける彼女を見ていた。
可哀想に。だがあの九組を捨ててまでここでの生活を望む理由はない。それに何より彼女が子どもを望んでいるかどうかさえ怪しい。
自分の好奇心に負けたことを若干後悔し後味の悪さを感じながら先ほどのリストへ戻ろうとしたその時――彼女が顔を上げ力無く立ち上がった。もう泣き枯らしてしまったのか薄い涙痕だけが両頬で微かに光り、見るだけで痛々しい痣が残る顔が露わになる。
その顔を見た瞬間、俺は思わず動きを止めた。
「モデルや女優までとはいかなくともそれなりにお綺麗な方なのですが――どうにも男運というのが無いらしく。残念なことです。ですが彼女はこれまで……道に迷っていた観光客を助けたり、弱った捨て猫に餌をあげたり、ボランティアに参加したりなどそれなりの善行を行ってきたとありますので来世は良い人生を送れるかもしれませんね」
右から左に流れる**の言葉。俺は頭であの九組を思い出していた。確かにパズルのようにピッタリと嵌まるような家庭は無かったがそれを差し引いても良い家庭。社会的に見ても人間的に見ても良い家庭。対してここは……。
俺は溜息をついた。
「まぁいいか」
「え? 何でしょうか?」
「決めました」
「かしこまりました。では今、あの一覧表へと変えますね」
「いえ、それはいいです」
手元に視線を落とした**を俺の言葉が止めた。
そしてこちらへ顔を向ける**に合わせるように俺は指を指す。指先の向く所にはキッチンに立ち時折、鼻をすすりながら洗い物をする女性の姿。
「彼女のところにします」
「え? ですが先ほども申し上げたように――」
「分かってます」
何を言っているんだ? と言うような口調を少し強く押さえつけるともう一度彼女へと視線を向ける。
「ちゃんと分かった上で彼女のところでいいんです」
「――かしこまりました。ではポイントの方は最小限にさせていただきますね」
「いえ、それも他の九組分と同じでいいですよ」
「え?」
もういよいよ訳が分からない。その一言はそんな思いを陰に潜ませていた(少なくとも俺にはそう聞こえた)。
「その代わり一つお願いがあるんですけどいいですか?」
「何でしょうか?」
「新たな人生が始まればこれまでの記憶など全てが無くなるのは分かってます。ですので一つだけ埋め込んで欲しい感情というか性格があるんですけどそういうのって出来ますか?」
「可能ですが……ちなみにそれはどういった?」
* * * * *
青いお空とお日様は綺麗で好きだけど今日はちょっと暑すぎる。拭いても拭いても溢れてくるおでこの汗を服で拭いて僕は走り出した。
「真守ー! あんまり先に行っちゃダメよー!」
「うん!」
だけどママの声に返事をしながらも僕は走り続けた。
「ミャー」
ママでも止められなかった僕の足をその声は小さいのにあっさりと止めてしまった。
声のする方を見るとそこには木陰に置かれたボロボロの段ボールとそこに入った仔猫。小さくて汚れてる。
その仔猫の方へ数歩、足を進め目の前でしゃがむ。可愛らしい目と僕の目が合った。その目に惹かれるように僕が手を伸ばし頭を撫でてやると仔猫は嬉しそうに鳴いて身を寄せる。
「真守。あまり先に行ったらダメって言ってるでしょ」
追い付いたママが後ろに立つと僕は大きな影に呑まれた。
「ねぇ、ママ。この子飼ってもいい?」
「え?」
ママはすぐにはダメとは言わず隣にしゃがむと仔猫を眺めながら考えてる様子だった。
「本当にちゃんと面倒みられるの?」
「うん!」
僕は自信たっぷりに答えた。
「うちはママと真守しか居ないから真守がサボっちゃったらこの子は可哀想な思いをしちゃうんだよ?」
「大丈夫! ちゃんと面倒見るから!」
「それと真守はこれからこの子のご飯の為にお菓子とかジュースとか玩具も色々と我慢しなくちゃいけなくなるわよ? それでもいいの?」
「うっ……。い、いいよ」
それは何とも迷ってしまうことだったけどこの子の為なら。
「――分かった。ならいいわよ」
「やったー! ママ大好き!」
僕は嬉しくてママに抱き付いた。ママの腕は優しく包み返してくれる。代償は中々大きいモノだったけど僕が我慢すればいいだけだから。
抱き付いていたけどすぐに暑くなって離れるとママは鞄から取り出したタオルで汗を拭いてくれた。
「これからはちゃんとこの子を世話して守ってあげるのよ?」
「うん! でもちゃんとママのことも守ってあげるよ」
「ありがとう。本当に真守は優しい子ね」
ママは嬉しそうな笑顔を浮かべながら僕の頭を撫でてくれた。それに僕も嬉しくなってえへへと笑った。
『ちゃんと支えて守ってあげられるぐらい母親想いにしてください』
最初のコメントを投稿しよう!