【短編】DJ.トウフ1

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【短編】DJ.トウフ1

 頭に付けたヘッドホンから流れる大音量の音楽は最近好きなアルバム。それに合わせ踊るように紙の上をスラスラと走るペン。僕はノートに綴っていた歌詞へ句点を打つとペンを置き顔を上げた。  窓外では夕日が空を自分色に染め始めている。その幻想的な風景を少しぼーっと眺めた後、ヘッドホンを首に掛けスマホに目を落とした。 「五時か」  その微妙な時間帯に溜息が零れる。お腹が空いた。だけど、夕食にしては早過ぎるしかといって何も食べなければもうひと頑張りはできない。どうしようか。少し考えているとあることを思い出した。 「そうだ。昨日買った豆腐を食べよう」  そうと決まれば早々に立ち上がり首にヘッドホンを下げたままキッチンへ。冷蔵庫を開けると物が少ないおかげで一フロアを独占している豆腐に手を伸ばす。取り出した豆腐を流し台の傍に置きお皿と包丁を準備した。  まず包丁を手に取るとパックから豆腐を取り出すために蓋を切る。そして水を捨て蓋を完全に剥がし取りいざ豆腐をお皿に出そうかと思ったその時。僕は手元のパックに収まる豆腐に違和感を覚えた。確かにそれはよく見る一切穢れの無い聖人のような白さだったが、綺麗な平面ではなく真ん中辺りが少し盛り上がっていたのだ。だけど特に変色や異臭がする訳でもないので別にいいかと一度手に取り出す。そして更にもう片方の手を経由してからお皿へ乗せた。 「あっ。醤油忘れてた」  切り分ける前に醤油の事を思い出した僕は包丁を置き一度冷蔵庫へ。中身が半分以上減り寿命が残り僅かの醤油を片手に豆腐の前に戻って来た僕は……。 「え?」  思わず自分の目を疑った。目玉が飛び出んばかりに目を瞠り、おざなりになった口は半開きで停止してしまっている。そんな状態で醤油を落とさなかったのは唯一の功績と言えるだろう。  いや、だけどそんなことはどうでもいい。  僕は自分自身の目で見ているはずのなのに目の前の光景が信じられないでいた。どう考えたってこんなことあるはずがない。  だって豆腐が――。豆腐がサングラスを掛けてヘッドホンをしてるなんて。しかも発生源の分からない音楽に合わせて柔らかな体を揺らしている。  一体どういうことなんだ?  するとただでさえ混乱している僕の頭を更にかき乱す出来事が。なんと豆腐の両側から何かが生えてきたのだ。それは真っ白だが五本の指を備え僕らのと同じ形をしている。間違いなく手だ。その二本の手は下半身というか下半分というか。とにかくそこへ伸びるとまるで僕らが自分の腰に手を当てるような体勢になった。そして下半分を引き出しを引くように前にスライドさせる。そこに乗っていたのはミキサーを挟むターンテーブルとPC。そうなると階段のようになった豆腐の体はDJブースに見えなくもない。  するとターンテーブルに先ほどの手が伸び、回るレコードを止めた。同時に今まで聞こえていた音楽も身を潜めた。かと思えば少しPCを操作したのちにスクラッチが聞こえまた別の曲が流れ始める。 「hey……yo.――俺の名前はDJ.トウフ。体は冷たいが持ってるぜ熱いソウル」  突然サングラスの下に現れた口は片手に握った(どこから取り出したんだ)マイクで言葉を話し始めた。しかもただ話すだけではなく音楽に乗せ韻を踏んでいる。 「俺が一度レコードに針落とせば、決して凍ることの無い会場。愛情と熱量なら常にMAX。むしろ熱くなり過ぎてなりそうだな焼き豆腐。だけど大丈夫。いつだって俺は最上級な音楽で会場中を盛り上げる。体は柔らかいが韻は固い。とは言い難い。なんて言わないでくれ。俺のヤバさに犬派も言っちゃうやっぱ犬より絹ごし。世界中が俺に夢中。宇宙を股に掛ける俺がDJ.トウフだ。yeahー」  言葉の後に綺麗に音も止めたものだから僕らは一瞬にして沈黙に包まれた。  ポーズを取ったままで固まるトウフと依然として唖然としている僕。正直に言って頭の中は真っ白で思考は停止していた。  それから少しの間、世界の時間は止まったままだった。だけどトウフのスクラッチで再び世界は針を動かし始める。僕以外だが。 「へいへい。ノリが悪いな兄ちゃん」  またさっきとは違った音楽をBGMにトウフは普通に話し始めた。  そしてサングラスを掛けヘッドホンをした豆腐を目撃した瞬間から今まで停まっていた僕の時間もゆっくりだが動き始める。 「と、豆腐がしゃべってる」  もはやしゃべっているどころの騒ぎではないのだが僕の口から出来たのはその言葉だった。多分、無意識的なところでは一番信じ難い部分だったのだろう。 「そりゃ豆腐だってしゃべるさぁ」  トウフは言葉の最後に被せながらスクラッチをして別の曲をかけ始めた。 「そう、俺はしゃべる豆腐。俺で作った料理はもちろんso goo。美味すぎる衝撃はlike a 未知との遭遇。野菜炒めに鍋、みそ汁。何でも美味いのが俺。だが所詮は豆腐に過ぎない。でもあの子は通り過ぎない。だけどその頃にはもちろん死人に口なし。つまりこれが最後のRapping? になったとしても盛り上がりのひとつでももらえりゃ俺もhappy」  言葉と共にビートが止まると沈黙が再来した。外で鳴くカラスの声が無人かと疑う程に静かな部屋へ虚しく響き渡る。 「拍手ぐらいせい」  沈黙に耐えかねたのかトウフが一言。僕は言われるがまま機械のように手を叩いた。
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