【短編】DJ.トウフ3

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【短編】DJ.トウフ3

 目の前のお皿に乗った白く四角いトウフ。傍にはお箸と醤油が置いてある。 「とうとうきちまったかこの時が」  その声は最初に会った時より元気がなく弱々しかった。焚火の火のように燃えていた彼が今じゃロウソクの火。もう終わりが近い。それを嫌でも感じてしまう。 「ふっ。何て顔してやがんだ」  トウフの言う通り今の僕は涙を堪えるのに必死で酷い顔しているのかもしれない。でもさっきからずっと胸は締め付けられ少しでも油断すればあっという間に悲しみの海へ放り出されてしまいそうだ。そしてぽっかりと空いた胸の穴に水が入り込みそのまま海の底へ。 「お前との十日間は……最高だったよ。だが俺ももう……これ以上はもたん。実は三日前から少しだが……」  それ以上は言わないでくれ。涙を堪えるのに必死で言葉には出来なかったが心の中で強く願った。だけどそれでもトウフの口は絞り出すように言葉を並べた。 「味が落ち始めたのを……。感じてたんだよ。このままだったら。俺、不味くなっちまう」  それでもいい。それでもいいから最後まで一緒にいてほしい。そう言いたかったがそんなの僕の我が儘だって知ってるから言えるはずがなかった。彼はDJである前に豆腐なんだ。 「お前が何を考えてるか、分かるぜ。そうだ。俺は良い曲を届ける前に……美味く食ってもらうのが本懐だ。だから、頼む」  僕は一度だけ頷くと醤油を手に取った。あの人が歌ってたように僕だって誰かより長生きして誰かより早く死ぬ。トウフだってそれと同じだ。ただ彼が僕より先だっただけ。 「辛い役割を任せちまったな」  自分は平気だと言うようなトウフの声に僕は今にも泣き出しそうだった。だけどそれを何とか堪えながら醤油の蓋を開ける。だって最後は笑って送り出したいんだ。 「――僕も……。楽しかったよ。君とミラーボールで水星へ旅したことは忘れない。ありがとう」  言葉を口にしながらトウフとの日々が頭で走馬灯のように再生された。だけど楽しかったあの日々はもう二度と……。  僕はボトルを傾け醤油をトウフへかけていく。ボトルの口から流れた醤油は滝のように豆腐の上に降り注いだ。辺りに雫を飛ばしながら頭から醤油を被るトウフ。てっぺんから四方へ広がっていく醤油は彼の真っ白な体を染めていった。  気が付けば僕の頬には涙が伝っていた。一滴また一滴と流れ始めた涙を止めることはもうできず、あっという間に一本の川のようになって顎先から雫を滴らせる。大人げなく涙を流し、鼻をすすり咽び泣く。  そんな僕がボトルを戻すと醤油は側面を伝い始めていた。頭から血を流したように醤油がトウフの顔へ流れる。すると彼のサングラス、ヘッドホン、DJブースは徐々にその色を失い始めた。死へ向かい消えかける命に合わせるようにそれらも薄くなっていく。 「ありが……とう、な」  その言葉を最後にトウフのそれらは消え、ただの四角い豆腐へと戻った。僕はその姿に耐えきれずその場に泣き崩れてしまう。内側から溢れる悲しみが目から次々と流れ落ちる。子どものように顔をぐちゃぐちゃにしながらみっともなく慟哭した。  だけど泣いている場合じゃない。 「僕には最後の使命があるんだ」  涙に震えた声で言い聞かせるように呟くと何とか立ち上がお箸を手に取った。そして豆腐を一口サイズに切る。持ち上げた豆腐は醤油を纏い今までに見たどの豆腐より気高くかっこよかった。 「いただきます」  心の底からの感謝を口にし頭を下げた。トウフを思い出しながら。そして口を開けその豆腐を運んだ。一度二度三度と口を動かし豆腐を噛んでいく。 「美味しい……美味しいよ……」  口に広がる豆腐の味を感じる度に止めどなく涙が溢れ出してきた。それでも食べる手は止めず次々と豆腐を口へ運んでいく。まるで握り飯を頬張るように豆腐で口を一杯にした。咀嚼しながら何度も何度も「美味しい」とトウフへ伝えるように呟く。僕はぐちゃぐちゃで不細工な顔に精一杯の笑顔を浮かべた。それは笑顔って分からないような表情かもしれないけどやっぱりトウフに笑顔で伝えたかった。  ――君は最高に美味しかったって。                * * * * *  あの日から二日後。  僕はPCの前に座り目を閉じていた。頭に流れるトウフの曲。同時に目頭が熱くなる。でも僕は彼の曲を形に残そうと心に決めたんだ。鮮明に思い出せるこの曲をCDに収める。溢れそうになる涙を何とか堪えると目を開く。 「よし!」  そう呟いた僕はPCに手を伸ばした。  これはきっと好きなアルバムになる。
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