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【掌編】桜の木
私は桜の木。
時期が来れば春の訪れを知らせるために満開の桜でおめかしをする。
風か吹けば辺りは桜色に染まりみんなを優しく包み込む。
私の足元には沢山の人々が集まってお酒を飲んだり料理を食べたり、みんな喜色満面の表情。
散歩してるあの老夫婦も一緒に下校してるあの二人も会社帰りのあの人も元気に遊ぶ子どもたちだって。
みんな私を見上げると口を揃えてこう言う。
「綺麗だ」
みんな私を褒め優しくて温かい目で見上げてくれる。
人が集まり賑やかな時間は私にとっても楽しい。
だけどそれもほんの一時だけ。
身に纏っていた桜が全て落ち気温が上がり始めるとあの盛り上がりが嘘のように私は一人ぼっちになる。
みんな私の前を素通りして誰も私を見上げなくなる。
桜色が落ちた私にはみんな興味が無いみたい。
私はずっとここにいるのにみんなが私を求めて集まるのは桜の咲く季節だけ。
桜が散ってしまったらまるで本当に消えてしまったかのように誰も私を見ない。
わざわざ足を止める人もいないし、見上げる人も写真を撮る人もいない。
桜が咲いて無いと私は価値が無い。
分かっている。みんなが桜の花を見に来ているということは。
だから春になり桜が咲けば「綺麗だ」なんて言いながらみんなが私を見上げ集まって来る。
桜が咲いてこその私なんだ。
だけどその時期が過ぎれば散っていく桜と共に人々は離れていく。
用済みって言うように一気に人気は無くなる。
もしずっと桜が咲いていたらみんなは毎日私の周りに集まってお祭り騒ぎをしてくれるだろうか?
私を素通りせず誰かしらは私を見てくれるだろうか?
分からない。
でも今の私は春だけ輝ける。私にとっては春以外は冬。
透明になったように一人寂しく次の春を待つ。
だけどもしかしたら……。
もしかしたら私は一年という繰り返される時間の中で春という期間だけ咲くから綺麗なのかもしれない。
儚く散るからこそ意味があるのかもしれない。
春という時期に眺めるからいいのかもしれない。
この気温の中で不安と期待を胸に眺めるからいいのかも。
なら焼けるように暑い日々も身の凍るような寒い日々も私は変わらずそこに立って、誰にも見られなくても誰かに必要とされなくとも春を待ち続ける。
桜が咲き誇りみんなが集まってくれるその時まで。
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