【短編】石蹴り2

1/1

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ

【短編】石蹴り2

 もしそこに落ちてしまえばもう永久に戻ってこれない。この道をもう二度と一緒に歩けなくなる。そう思うと周りの目などどうでもよく私は慌てて走った。今ここで彼を止めないともう二度と。  何も知らぬ赤子のように恐怖が蠢く口へコロコロと転がる石っころ。私が止めなければ。その想いと共に脳裏では彼と歩んできたここまでの想い出が走馬灯のように流れる。だが想い出が流れる程、終わりが近づいてくる気がした。そんな嫌な考え事ごとどこかへ飛ばしてしまおうと軽く顔を振る。  そして石っころに夢中で何歩目かも分からない足を踏み出す。彼はもう目と鼻の先。というよりつま先の先。次の一歩で追いつける。しかし石っころにとっても魅惑の入口は目の前。  私は焦る心を心臓の動きに合わせ感じながら出来る限り早く足を前に出す。私が教えてやらねば。それが彼の思っているような素晴らしい世界への入り口ではないことを、人を惹きつける笑顔を浮かべたその背中では鋭利なナイフを握っている存在であることを。  空中を駆ける茶色い革靴。体を傾け始め飛び込もうとする石っころ。  出来るだけ素早くだが触れる瞬間は生まれたての我が子を抱くように優しく。  私はそのまま勢いに体を引っ張られゴールテープを切るか如く下水溝を通り過ぎた。数歩通り過ぎたところでブレーキを掛け立ち止まる。足に石っころが触れる感触はあったが既に瀬戸際。僅かな衝撃でそのまま呑まれてしまった可能性もある。  体に普段かけない負荷をかけたのと不安によりバクつく心臓を原動力にするように素早く振り返った。  そこには下水溝の穴とその一歩手前に佇む石っころの姿が。完全ではないが随分と丸くなった灰色の姿に私はホッと胸を撫で下ろした。 「無事でよかった」  私は胸を撫で下ろし誰にも聞かれぬよう小さく、小さく呟いた。  ここまで来れば家はもうすぐだから最後まで彼と一緒に。その想いは何気なく蹴り始めた時とは比べ物にならない程に膨れ上がっていた。私にとってもはや彼は相棒。  さぁ、二人で残りの道を歩き帰ろう。石っころを見下ろしながらそう心の中で呟くとここまでそうしてきたように石ころを蹴ろうとした。  だが私が足を上げたその時。どこからか転がってきた石ころが私の石ころに当たりビリヤードのように下水溝へ突き落してしまった。それを見た瞬間、私の内側を支配したのは怒りか絶望か。いや、もはや酷く入り混じり溢れすぎた所為でそれがどんな感情なのかすら分からない。  だたひとつ言える事は、私は絶対にこの殺人鬼を許さないという事だけだ。いや、正しくは殺石鬼。例え残りの人生を刑務所で過ごすことになっても私は決して許すことは無い。そこでやっと分かった私の中に溢れていたのは激しい怒りであり復讐心だと。  私はマグマのように煮えくり返った怒りを抑えながらその石ころが転がってきた方へ顔を向けた。まずはどんな奴かその顔を拝んでやろう。 「やった! ねぇ、見た? アタシってナイスコントロール。天才だわ。石蹴り界のスターだわ」  そこにはガッツポーズをする女子高校生の姿があった。余程嬉しかったのだろう喜色満面だ。 「ねぇ? 聞いてるお父さん?」  現実とは何とも残酷なんだろうか。そう、そこに居たのは私の娘だ。その姿を見た瞬間、私の怒りは吹いた風にそのまま飛ばされてしまった。そして同時にこう思ってしまった。一体、何をやってるんだろうか。 「おとーさーん?」 「はぁ。そんな子どもみたいな事やめなさい。全く、もう高校生だろ」 「まだ子どもだけどね」  私は一人の大人として冷静に現実へと戻ってきた。今になってみれば確かに楽しかったがこんな事で怒りを燃やすなど馬鹿らしい。ましてや娘に復讐などありえない。私は老後も妻と幸せに暮らしたいのだ。あんな石っころなんてどーでもいい。自分の娘の方が可愛いに決まってる。まぁ多少の想い入れはあるが単なる遊びだ。もう忘れたよ。  そう自分の中で整理を付けた私は家へと歩き出した。そんな私の横へ小走りで並んだ娘と共に。 「あぁ。それと、今月のおこずかい無しな」
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加