一人語り

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そこに、ちょうど青司君が、長手盆にお茶とお茶菓子を載せて運んできてくれて、…ええ、今から考えれば、多分あの時、青司君は頃合いを見計らっていたんだなって思います。その青司君が、おもむろにお茶のお給仕をしてくれながら、「アネさん、立花サンとアネさんじゃ最初から比較にならんよ?…大体アネさんは色々と溜め込まなさ過ぎ…」って茶々入れて、紅麗さんが青司君を横目でじろりと睨んだ後、ちょうど青司君の手から茶器が離れたタイミングで、紅麗さんの気合いの入った蹴りが青司君の脇腹を急襲して、しばらくの間、青司君は床のラグの上で、大きな芋虫みたいに転がってのたうち回りながらも、「……ううぅ…。……だからさぁ…。俺が言うのはアネさんのそういうところだよ…」って、紅麗さんに文句を言ってました。 そんな弟御の姿を、その姉上で「加害者」の紅麗さんはあっさり無視すると、その、当の「被害者」の青司君が丁寧な手付きで淹れていたお茶のカップを、長手盆の上からひとつ取り上げて、 「まあまあ立花サン、折角だし、お茶ひとつどうぞ?グテイが用意したもんだから、はっきり言って味の保証はしないけどさ」 って、相変わらずの華やかな笑顔のまま、ごくしれっとした口調で言って、ラグの上で脇腹を押さえながら転がる青司君が、「…あ、…特製ロイヤルミルクティー、…砂糖はもう入ってるから…。……一応角砂糖は用意したけど、一口目はできればそのまま…」って、何やら遺言のように呻くのを、いっそ軽やかなまでに黙殺して私に勧めました。 私は内心、…『女王様と下僕』の図だ…と呟きつつ、有難く、その香しい湯気の立つ、やや茶色味の勝ったベージュ色の液体の満たされた、白地に薄紅色の薔薇の蕾が描かれたカップを手に取って、……頂きます。…青司…さん…?お心遣い、有難く頂戴いたします、…って、私の目の前で、一見したところ至極にこやかに微笑む美少女と、その足元で、いまだ芋虫のまま転がるその弟という、何だか…少し様相を変えれば谷崎の小説にでも出て来そうな、一風以上に変わった姉弟コンビの両方に声を掛けてから、二人の「どうぞー」っていう、妙に息の合った返事と共に、カップの中の香り高い液体を、恐る恐る口に含みました。 そのミルクティーは、茶葉の馥郁とした香り、それに乳成分のまろやかさと一緒に、決してきつくはありませんでしたけれど、しっかりしたスパイスの味と香りがしました。当時私は、スパイスティーというものの存在を知ったばかりで、たまに自宅の台所で「それらしきもの」を自作していましたけれど、その青司君の「特製ロイヤルミルクティー」は、「スパイスティー初心者」の私から見ても、我が家の台所で作る物とは、同じ方向性の飲料なのにも関わらず、明らかに段違いの味だ…と納得せざるを得ない出来栄えのものでした。
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