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16話【退院日】
俺は自室のベッドに寝転がりってゲーム実況のユーチューブを見ていた。
ベランダから橙色に染まった空が見え、夕暮れの太陽の光がベランダの窓から部屋に差し込んでいる。
春が終わり今は初夏の6月。
今年もなんだかんだで後半月だ。
(なんだか新年初めからいろんなことがあったよな……彼彼女が自殺未遂をして、警察署に行って刑事のおっさんから聞き取り受けて……牧野と病院に駆けつけて、医者から彼女がうつだって言われて、そっからしばらく俺は病院に行かなくなって……3ヶ月くらいしてからまた警察署に行って、そこで彼女の自殺未遂に事件性がないことがわかって預かった物を返されて、そのとき刑事のおっさんにたまたま会って喝入れられて……そんで久しぶりに彼女の見舞いに行ったらそこで彼女が泣き出して俺は彼女をとっさに抱きしめて、それから一緒に桜見て……そこで彼女がニコって笑ってそれを見て俺も感動して……5月もバイトの合間に彼女の見舞いに行って……まだ今年も半分あるけど印象に残ること沢山あったな……)
バイトと家の往復で気付けば1年が過ぎていたなんてことは社会人になってからしょっちゅうだが、今年ほどイレギュラーな出来事が多かった年は後にも先にもないと思う。
すると視聴中のユーチューブの画面の上に間抜けな着信音と共に着信を知らせる表示が出た。
「ミレイナさんの病院からだ……」
電話はミレイナさんが入院している病院からだった。
俺は動画の視聴を一時停止させ、着信表示の応答をタップしスマホを右耳に当てて電話に出る。
「はい。新垣達也です……」
電話の相手はミレイナさんの担当医だった。
担当医は「ミレイナ.マカロフさんのことでご報告がありまして、お電話しました」と前置きして、彼女の怪我の回復はとても良好で、以前は杖無しでは歩けなかったのが現在は杖無しでしっかり歩けていること、うつの方もかなり症状が安定しており、これなら早くても今月中には退院できるとのこと。
「具体的にはいつ頃退院できそうなんですか?」
俺が訊ねると担当医は「早ければ今月の16日には退院できると思います」と言った。
スマホを右手に持ったまま壁に掛けてあるカレンダーを見る。
16日は来週の金曜日だ。だがもうバイトのシフトは既に入ってしまっている。
俺は電話口の担当医に退院のときに立ち会ったほうがいいか聞いてみることにした。
「あの〜退院当日は立ち会いとか必要ですか?」
すると担当医は「必ず立ち会わなくてはいけない決まりはありませんが、できれば立ち会ってもらえたほうが患者様としては嬉しいとおもいますよ」と言った。
「……わかりました。行けたら行きます」
そう言って俺は電話を切った。
せっかく彼女の退院が決まったのだ、これは行くしかない。
俺は早速次の日バイト先の店長に16日有休を取ることを伝えた。暇なのか戦力として見てもらえてないのか知らないが有給はあっさり許可された。
――そして16日、朝食を軽く済ませ身支度を整えて玄関を出てロードバイクに跨り出発しようとペダルを踏む。だが、タイヤの空気が抜けているのかバランスが取れない。
ロードバイクから降りてタイヤを確認してみると前輪のタイヤの空気が抜けていた。これでは病院まで乗っていけそうにない。
「ハァ……まじかよ……」
ため息を吐いてスマホで近くに自転車修理屋があるか検索してみる。
検索の結果、あるにはあるが距離が遠く、とてもじゃないが漕いで持ってはいけない。
「業者に連絡してもっていってもらうしかないな。これは」
俺は自転車修理屋に理由を話しロードバイクを引き取ってもらうことにした。
数分後、自転車修理のロゴのはいった白い軽トラックが到着し、の荷台に俺のロードバイクは運ばれて行った。
「仕方ない、今回だけはタクシーで行こう……」
自宅から病院までは結構距離があるのでタクシーで行くとなるとそれなりにお金がかかるが、移動手段てあるロードバイクがない以上ケチってられない。
俺はタクシー会社に電話を掛け、その後自宅前に来たタクシーに乗ってミレイナさんの病院へ向かった。
数分後タクシーは病院の入口前に到着した。
勘定を済ませてタクシーを降りてから病院内に入る。1階は始めてきた時同様、沢山の人がいた。
エレベーターに乗り込み、彼女の病院がある階へ向かう。
エレベーターが階に到着するとナースステーションでストラップを受け取り彼女が居る病室へ俺は向かった。
病室に入ると涼しげな水色のワンピースを着たミレイナさんが白衣を着た担当医と一緒にに座っていた。
担当医は「どうぞ座って下さい」と言って俺に目の前にある丸椅子に座るよう言った。
俺が丸椅子に座ると担当医は、電話でもお話しましたが彼女さんの経過は現在とても安定しています。
なので今日彼女さんを退院させたいと思います。骨折箇所もきれいに治りましたし、歩行機能も支障がないレベルまで回復しました。なので貴方にはぜひその目で見ててあげてぐださい。
そう言って担当医は彼女に「椅子から立ち上がって彼に歩けるようになったところを見せてあげて」と穏やかな顔で言った。
彼女は「はいっ」と言ってから、
「タツヤ私頑張ったよ」と言い椅子から立ち上がると俺の座る椅子の前を通り過ぎ、病室のドアの所まで来るとクルッと向きを変えて戻ってくる。
病室という限られた空間ながら、涼しげな水色のワンピースを着てゆっくりとこちらに戻ってくる彼女の姿はパリコレ会場のランウェイを歩くファッションモデルのようだ。周りの患者の人たちもほっこりした顔で彼女のことを眺めている。
「ほら、ちゃんと歩けるようになったよ。私」と彼女は俺の前に来るとそう言ってニコッと笑った。
すると担当医は、退院後のことですが、彼女さんには年に数回報告も兼ねてカウンセリングは受けてもらいます。また、うつ病は突然悪化する可能性があるので、可能であればひとりよりも、彼女さんにとって安心できる方と一緒にいるほうがいいと私は思っています。と言った。
担当医が言っている彼女さんにとって安心できる方とは深く考えなくても俺のことだろうとわかった。
内心嬉しい気持ちの半面、彼女のことをサポートしてあげられるか不安もあった。
今思えばこれも運命だったのかもしれない。
俺は担当医に今すぐ答えは出せませんが、このことは彼女とよく話し合って決めたいと思いますと言った。
担当医はわかりました。それでは私はこれで…と言って丸椅子から立ち上がると俺と彼女に頭を下げてから病室を出ていった。
その後1階で退院手続きを終え俺は彼女は病院を出た。
「これから家に帰るのか?」
外のタクシー乗り場で俺は彼女に訊ねた。
すると彼女は「うん。ただこのままタツヤとお別れするのも寂しいから、一緒に私の家に来てお茶でもしていかない?タツヤに話したいこともあるから」と言った。
「え?家にお邪魔していいの?てか、ユーチューバーなんだし自宅に他人を招待するのは不味いんじゃない?大丈夫なの?」
俺が驚きながら訊ねると彼女はクスッと笑って、
「タツヤは悪いことしない人だってわかるから。だからいいの」と言う。
彼女が大丈夫と言うのであれば断る必要はない。
「わかった。それじゃお邪魔するよ」
(女性の家か……めっちゃ緊張するんだけど)
緊張はあったけれど俺は彼女とタクシーに乗り、彼女の自宅に向かうことなった。
街の景色がタクシーの窓越しに流れていく。
俺は目的地に着くまでの間彼女と他愛もない話をしていた。
「家ってアパートなのか?」
「一軒家だよ。そんなに広くはないけど一人暮らしだからひとりで生活する分には困らない広さだよ。まぁ元旦那の家なんだけど」
「へぇ、って、旦那!?」
(彼女結婚してたのかよ!?)
彼女の言葉に俺は驚いてしまった。
「元だよ。旦那は浮気して出ていっちゃから。今は私が住んでるの」
「そ、そっか……」
安堵でため息が出る。
「ところでタツヤの家は広いの?」
ふと彼女が何気なく訊ねてきた。
「いや、全然広くないぞ。狭いし壁が薄いから隣とか上の部屋の音がだだ漏れだし……」
彼女には言えないことだが、もとから片付けるのが苦手な性格も相まって部屋が狭いにも関わらず物がゴチャゴチャで、ゴミ屋敷とまではいかないまでも結構な痛部屋だ。
するとタクシーがブレーキを掛けて止まった。どうやら目的地に着いたようだ。
勘定を済ませ彼女とタクシーから出ると目の前には白い外壁の2階建ての家が建っていた。
「ここが私の家だよ」
彼女はドアの前にくると俺にそう言ってポケットから鍵を取り出した。
ガチャッと鍵の開く金属音がして彼女がドアノブをひねると頑丈そうな黒い扉が開いた。
彼女が壁面のスイッチをオンにするとパッと天井の照明が点灯し、暖かみのある照明の光で部屋が照らされた。
「さぁ、遠慮しないで入って」
「ああ、それじゃあ、お邪魔します」
俺は少し緊張しつつも彼女の部屋にお邪魔することにした。
to be continued
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