мир エピソード01

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 9話【戸惑いの心】  2023年1月1日。新たな年が幕を開けた。  新年早々俺は愛用のロードバイクで警察署に向かっていた。  決して自首しに行くわけではない。ミレイナさんが自殺を図ったものの未遂に終わった件で彼女との関係について警察に説明しにいく為だ。  春を迎えたとはいえ外はまだまだ寒い。  警察署に着くと早速取り調べ室に通された。  部屋に入ると警察官の着る藍色の制服を着た強面の刑事とおもうおっさんが腕を組んでパイプ椅子に脚を組んで座っていた。  その見た目は大阪府警のリーゼ◯ト刑事(デカ)のようだ。  「座れ……」  刑事はそう言ってハンドサインで椅子に座るよう促す。  はっきりいってめちゃくちゃ怖い。まるで自分が犯罪を犯し今から取り調べを受けるのではないかと錯覚してしまうほど、刑事(おっさん)の威圧感は凄まじかった。     刑事(おっさん)からはミレイナさんの関係や彼女がストーキング等の被害などで困っていなかったかどうか聞かれた。  関係について説明をするだけなのだが、取り調べ室の物々しい雰囲気と聞き取り役の刑事(おっさん)の迫力に何一つ罪を犯すようなことはしていないのに言葉では言い表せない恐怖を感じた。  俺は刑事(おっさん)にミレイナさんとのLINEの履歴を見せて彼女とは友達で反戦デモで知り合ったと話した。  ストーキング等の被害にあっていたかについては彼女の方からそのような相談はされていなかったので素直に「ストーカーされていたかについては彼女からそのような相談は受けた記憶がないのでわかりません」と言った。ただ11月半ばに彼女からお兄さんが戦死したという電話があったこと、その日以降彼女との連絡が取れなくなったことを緊張して(ども)りながらも話した。  刑事(おっさん)は顔色ひとつ変えず俺の話したことを一言一句黙ってメモをしていくが、その様子がなにより怖かった。  更に刑事(おっさん)は「その他に何か知っていることはありますか?」と聞いてきた。俺は「俺の知ってることはこれくらいです」と答えた。  刑事(おっさん)は「なるほど」と言って、黙々とメモを取る。  そしてメモを終えると刑事(おっさん)は立ち上がって「聞き取りはこれで以上です。お疲れ様でした」と言ってから捜査の進展次第ではまた(ここ)に来てもらうことになると言われた。そして彼女が都内のA総合病院に搬送されたということを教えてもらった。  「ありがとうございます!」  俺は刑事(おっさん)に一礼して、警察署を後にした…。  「見かけによらず誠実な人だったな……とりあえずファミレスで少し休憩して行こう……」  警察署を出た後俺はファミレスで暇を潰すことにした。  お盆休みだけあって店内はとても混んでおり、ひっきりなし注文を知らせるボタンの音が鳴っている。  客の年齢層はさまざまだが特に学生や家族連れが多く、17、8歳くらいの男数人がくだらない話で盛り上がっていたり、6歳くらいの男の子と両親が久しぶりに会った親戚の老夫婦と談笑しながら食事をしている。  俺は4人掛けのテーブル席に座ってソフトドリンクのウーロン茶を飲みながらスマホで〘A総合病院〙と検索する。テーブルには俺が食べた料理の皿が残っている。  検索すると、建物の外観と住所、番地、電話番号が載っていた。  地図で検索すると目的地までの地図が表示された。  目的地の病院は自転車でも行ける距離にあるが俺の乗るロードバイクならもっと早く着けるだろう。  後は会計を済ませて店を出てから目的地に向かうだけだが、俺は病院に行くかどうか迷っていた。  ミレイナさんは生きており、刑事から病院にいることも教えてもらえた。それはとても喜べることだったが、反対に、未遂とはいえ自殺を図った彼女にどういう顔でどういった言葉をかけてあげるべきかわからず不安でもあった。  自然と大きなため息が漏れる。  すると突然横から声をかけられた。   「あけおめー達也!て、なんだか顔が暗いよ?もしかしておみくじで大凶でも引いちゃった感じ?」  人を茶化すような声。  声の感じからしてもう誰であるか俺にはわかっていた。  「なにしに来たんだ牧野」  俺がそう言うと牧野は「なにしに来たって、特に理由はないよ。疲れたから立ち寄っただけだよ」と言って、椅子に座ると空いている椅子の上に白色の明朝体で福袋と印刷された紙袋を置いてから、ふぅ〜と安堵したように息をつくなり、メニュー表を取って手慣れたようにパラパラとページをめくる。  その光景はさながらパラパラ漫画を読んでいるように見える。  そして食べたい物が決まったのかメニュー表を棚に戻すと呼び出しボタンを押す。  少しして「お待たせしました。注文を御伺いします」とメニューを入力する機械を持ったウェイトレスが俺と牧野の席に来た。  牧野は迷うことなく淡々とグラタンとウーロン茶を注文した。  ウェイトレスは牧野から言われたメニューを復唱すると「かしこまりました。只今お持ちしますのでお待ち下さい」と言って、小走りで去っていった。  「お前決めるの早すぎ……もう少しじっくり見てから選んでもいいだろ……」  「あたしこういうのパパッと決めちゃいたいタイプだからさ。だって食べ物ごときに迷ってる時間、勿体ないし」  俺の皮肉交じりの言葉に牧野は笑いながら答える。    俺はハァと小さくため息をついてから牧野が持ってきた福袋に目をやる。  他人が買ったものに文句をつけるつもりはないが、4つも買ったならそれ相応の金額はしたはずだ。福袋に興味がない俺からしたら金の無駄遣いにしか思えてならない。  「お前それ、買いすぎだろ……」と俺が福袋を横目に呆れ顔で言うと牧野は「気になるなら見てみる?」と言って4つある袋の中の一つをとって自慢したいのか、その中身を俺に見せようとする。  福袋の中身がなにかなど俺は全く興味ない。  「別に興味ねぇよ……」  俺がそう言うも牧野は「いいからいいから」と言って中身を俺に見せてきた。そして、  「ねぇ、これ可愛くない?エモいよね?」と感想を求めてくる。  そんなことを言われても解答に困るだけだ。  「ただのコートじゃねぇか。これのどこがエモいんだよ。意味わからん」  俺が呆れたように言うと牧野は「わかってないなぁ〜」と言って服について力説し始める…。  聞いていてウザいし内容も頭に入ってこない。けれど、不思議と牧野と一緒だと先程までのモヤモヤしていた気持ちが少し軽くなったような。そんな気がした。  すると先程のウェイトレスが牧野が注文したグラタンとソフトドリンクのウーロン茶をトレイに載せて持ってきた。  そしてテーブルに料理と伝票の紙を置くと「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていった。  牧野は熱々のグラタンを満足そうな顔で食べながらまだ話したいことがあるのか「ねぇねぇ」と口をモゴモゴさせながら話しかけてきた。  「今度はなんだ……」  どうせ自慢話か冷やかしかのどっちかだろうと思ってテーブルに肘をついてやる気なさそうな声で俺が答えると、牧野は口の中のグラタンをウーロン茶を飲んで流し込んだ後に真顔で、  「ここ最近何かあった?」とどこか含みがあるような言い方で聞いてきた。  ここ最近どころか、昨日突然警察から電話はくるは、その警察からミレイナさんが自殺を図ったという絶句する内容を聞かされるは、今日は今日で強面の刑事にミレイナさんとの関係について話す必要があるはととにかく何かあったという言葉では収まらないような出来事の連続だ。  すると、  「?ねぇ達也聞いてる?ボーとしてるよ?」    と耳に牧野の声が響いた。  気がつくと牧野はグラタンを食べる手を止め心配そうに俺を見ていた。  自分では話を聞いていたつもりだったが、どうやらボーとしてしまっていたようだ。  「え?ああ悪い……ちょっと別なこと考えてた」  俺は苦笑いを浮かべる。  牧野に話せば気持ちは楽になるだろう。けれどこのことを話して牧野に余計な心配をさせてしまうのではと思うと、なかなか話せずにいた。  すると牧野はため息をついてから「……達也さぁ……何かあったでしょ?だって窓の外から頭抱えて俯いてる姿見えたもん。だからその……話せるだけ話してよ」と言う。  どうやら外から見られていたらしい。それに牧野の言い方からしてなにか感づいていると俺は悟った。  それならもう隠す必要はないだろう。  俺はウーロン茶を一口飲むと、去年の11月半ばにミレイナさんからお兄さんが戦死したと涙ながらに電話がかかってきたこと、昨日の夕方突然警察から電話がかかってきてミレイナさんが自殺を図ったと知らされたこと、幸い彼女は無事であること、そして今日警察署に行き、彼女との関係について事細かに説明し、刑事から彼女はA総合病院に搬送されたと教えてもらったことを牧野に打ち明けた。  牧野は俺の語る話を黙って聞いている。  そして俺が話し終えると「なるほどね……そりゃ落ち込むのも無理ないか……」と呟いてからスマホを取り出して真剣な顔で何かを検索し始めた。  そして、  「あ、あった!ここの病院で合ってる?」と言って自分のスマホを俺に見せてきた。そのスマホの画面には俺が検索したのと同じA総合病院の検索結果が載っていた。  すると牧野は、    「それじゃあ明日あたしと一緒に彼女に会いに行かない?あたしもお盆休み中やることなくて暇だしさ。それに達也も暇でしょ?」と言ってきた。  「……まぁ、暇だけど……」  俺がそう答えると牧野は「それじゃあ明日。11時に病院のロビーに集合ね」と言ってウーロン茶と一緒にグラタンの残りを全部口の中に流し込むと帰り支度をし始める。  コートを羽織り、手ぐしで髪を軽く整え、席から立とうする。  「おい待て!まだ俺は明日行くなんて言ってないぞ?」  俺がそう言うと牧野は立ち止まってから、椅子に座り直すとテーブルに肘をついてこう言った。  「だって暇なんでしょ?なら明日でもいいじゃないの。それにヒロインのピンチに颯爽と駆けつけてこそ主人公ってもんでしょ。駆けつけたら彼女の達也への好感度上がるかもよ?さぁ、達也は病院に行くのか行かないのか、どっちを選ぶのかな?早くしないとあたし帰っちゃうよぉ?」とまるでギャルゲーに出てくる選択肢を選ばせるかのようにニヤニヤしながら急かしてきた。  脳内に《病院へ行く》、《行かない》の2つの選択肢が浮かぶ。  牧野はまだニヤニヤとイタズラな笑みを浮かべている。  なんだか牧野の術中にはまってしまったようなそんな感覚に陥る。  俺は渋々「わかった。行くよ……」と牧野に言った。  術中だろうがなんだろうが、ここで「行く」と言わないと家に帰してもらえないような気がしたからだ。  牧野はそれを聞くとしてやったりと言った顔をした後「ほんとに?やったぁ!達也ならそう言うとおもったよ!ありがとー!」と言って喜ぶ。リアクションがわざと臭い。  できることなら大声で「嘘つけ!!」と突っ込んでやろうとおもっていたが、そんなことをしたら間違いなくファミレスから追い出されてしまうだろう。なのでそこは代わりに大きくため息をついて誤魔化した。  「それじゃあな牧野また明日な」  「うん。じゃあね達也」  店を出た後俺と牧野はお互い明日合う約束を交わして別れた。  to be continued                                                                                                                                                                              
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