мир エピソード01

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  11話【反戦歌(anti war song)】  「そんな……彼女がうつ病だなんて……」  うつ病になった原因のひとつにお兄さんの死が関係していることは間違いないだろう…。  ミレイナさんと関わって一年も経っていないし、彼女への恋愛感情もまだこのときの俺には無かった。けれど、これはなんと表現したらいいのだろう、自分が大切にしていた物をある日突然あかの他人にめちゃくちゃに壊されたときの感情、怒りと悔しさが混じったあの感情。  それに近いものがふつふつと心の底から湧き上がってくるのを俺は感じていた。  「……く」  「ちょっと達也!?どうしたのよ!どこに行くつもり!?」  俺は込み上げる怒りに耐えられず背を向け逃げるように病室を飛び出した。  牧野の声も耳に入らない。  病室を飛び出してから俺は5階の待合室の椅子に黙って座っていた。  未だ怒りは収まらない。  (なんで彼女がこんな目に合わなくちゃいけない!……プーチンがこんな馬鹿なことさえ起こさなければ彼女は自殺なんてしなかった。うつ病にだってなることなんてなかったのにっ!)  正直俺自身自分の心が怒りに震え、冷静さを失っている自覚はあった。  怒りや悲しみ、悔しさが混じり合い複雑な気持ちになる。  すると、俯いている俺に牧野が声をかけてきた。  「お、いたいた。もう、急に病室から飛び出して行っちゃうんだから……」  「………………」  俺が黙っていると牧野はふぅ〜と一度息をついてから、  「ねぇ達也。彼女のこと心配?」と聞いてきた。  「当たり前だ!彼女はなにも悪いことしてない、なのにこんなのおかしいじゃねぇか!こんなの理不尽だ!」  イライラしていたこともあってつい口調が強くなってしまった。  すると牧野は俺の隣に座ると穏やかな顔でこう言った。  「達也も変わったね……」  「は?何が言いいたいんだお前」    正直牧野の言いたいことの意図がわからない。  ショックでこいつも頭がおかしくなったかと思っていると、  「だってあんなに心に余裕なくて他人にも興味なかったのに、今の達也は彼女の為に一生懸命じゃない?だから達也も成長したなぁ……って思ってね」 と牧野は言った。   その言葉に俺は内心ハッとした。  牧野の言う通りミレイナさんと出会う前までの俺は心に余裕なんてなかった。  自分のことだけで精一杯で他人を思いやれるだけの余裕もなかった。けれど今はそうでない自分がいる。  すると、牧野は立ち上がってから「ん〜〜」と一度背伸びをしてから、  「ねぇ、今からカラオケでも行かない?気分転換にさ。どう?」と言ってきた。  もう少し病院(ここ)に居たい気もあったが、今の俺にもそして牧野にもミレイナさんのうつ病をどうにか出来る力はない。    「う〜ん……まぁそうだな。丁度腹も空いたし……それもありかもな」  あまり乗り気ではなかったが俺はカラオケに行くことを了承した。  そしてナースステーションにストラップを返してから俺は牧野と病院を後にした――。  カラオケに着くと受付で利用時間を決め受付スタッフから利用時間が書かれた伝票と曲を入力する小型のタッチパネル、2本のマイクが入ったカゴを渡された。因みに利用時間は2時間だ。  伝票に書かれた番号のカラオケルームの黒いドアを開けて中に入る。  室内は長テーブルとそれを取り囲むようにソファが置かれ、巨大なテレビスクリーンからはJポップのCMが流れている。  荷物を下ろしてから、ドリンクコーナーに行ってドリンクバーから飲みたいドリンクをグラスに注ぐ。  俺はメロンソーダ、牧野はカルピスだ。  部屋にドリンクを運んだ後、牧野はトイレに行ってくると行って部屋を出ていった。   受付スタッフからもらったタッチパネルを手に取る。グラスに注いだメロンソーダからパチパチと炭酸の弾ける音が鳴る。  一通り目を通したがあまり歌ってみたい曲が見つからない。  というか俺自身結構な音痴で、大学時代に二次会で盛大にやらかしてしまった歴史がある。  だから自ら歌うことは正直好きではない。  するとドアが開いて牧野が戻ってきた。  「おまたせ〜。もう曲入れた?」  部屋に入ってくるなりそう訊ねてきた牧野に俺は「いいや。 曲はまだ入れてない。歌うならお前だけ歌え、俺は聴いてるから」と言ってタッチパネルを手渡す。  「いいの?聴いてるだけで飽きたりしない?」  と牧野は言うが俺は「俺が音痴なの知ってるだろ。だから聴いてるだけでいい」と言う。  いくら防音設備が整った所とはいえ少なからず歌声は外に漏れてしまう、俺のクソ下手な歌を周りの客に聴かれるのはとても恥ずかしい。  すると牧野は残念そうな顔で「あ〜あ……折角達也の熱唱を聴けるチャンスだったのに……」とため息をつく。  どうやらトイレに行っている間に俺に曲を入力させ、歌わせる魂胆(こんたん)だったらしい。  「仕方ないなぁ……」と言って牧野は俺から受け取ったタッチパネルに曲を入力していく。  その間に俺はメロンソーダを飲みながらメニュー表に目を通す。  メニュー表にはカラオケ屋にありがちなジャンクな食べ物が沢山載っていた。  「メニューは沢山あるみたいだけど。唐揚げとフライドポテトでいいか?」と牧野に訊ねると、  「うん。それでいいよ」と牧野もタッチパネルを操作しながら適当に答える。  「了解」    俺は二つ返事でそう言ってから受付にフードサービスのメニューの電話を入れる。  メニューを言うと受付スタッフは『かしこまりました。 後で部屋にお持ちします』と言って電話は切れた。  そしてここから2時間に渡る牧野の単独ライブが始まった――。  いったい何曲入れたのか。曲のレパートリーも様々だ。そしてなにより上手い。  しばらくしてコンコンとドアをノックする音がしてカラオケ屋のスタッフが注文したメニューを持ってきた。  俺はメニューを受け取るとそれをテーブルに置いて指を使って熱唱中の牧野にメニューが届いたことを知らせる。  牧野は歌いながらマイクをもつ手とは反対の左手でオーケーサインをつくる。  どうやら伝わったようだ。  ――休憩タイム。  「なぁ、そういえば俺が病室から出ていった後医者はなにか言ってたか?」  俺は唐揚げを口に運びながら牧野に訊ねてみた。  牧野はモグモグとフライドポテトを食べながら答える。  「治るには3 ヶ月はかかるってさ。それと投薬とカウンセリングもしていくって言ってたよ。あ、因みにお土産のマカロンはちゃんと病室に置いてきたから」    「そうかなんだか安心した。てっきりどさくさにまぎれて自分の家にお持ち帰りする気だと思ってたが?」  「それどういう意味よ。そんなにあたしって信用ないの?」  「ない」  牧野という(やつ)は約束を当日ドタキャンしたり祭りで(ひと)の買ってきたものを勝手につまみ食いしたり、貸したゲームソフトを返さず私物化する悪い癖がある。  ちなみに今まで牧野に貸したゲームソフトや漫画本が俺のもとに戻ってきたことは一度もない。  「即答!?もう、達也の薄情者ォ」 牧野は少し不機嫌そうなに口を尖らせる。  けれどもこいつといるとなんだか不思議と気が楽なのは本当だ。  すると牧野は気合を入れ直すようにグラスに入ったカルピスを一口飲むと、  「それじゃあ、歌うの再開するけどいい?」と訊ねてきた。  「好きにしろ」  そう俺が言うと牧野は再びカラオケを再開する。再び室内に牧野の歌声が響き渡る。  そして時間は流れ、気がつくと入店から1時間が経っていた。  「お前大丈夫か?ずっと歌いぱなしで疲れてないか?」  「……少し疲れてきたかも……」  流石の牧野も1時間歌い続けて顔に疲れが出てきている。  「どうする?まだ早いけど切り上げるか?」  「ううん。いいよ大丈夫。まだあたしのお気に入りの曲歌ってないから。それ歌い終わったら一休みするよ」  俺の言葉に牧野はそう答えるとタッチパネルを操作して曲を入力する。  「よし、転送完了っと……」  テレビスクリーンに曲名が表示され、少し間を置いて荒々しいエレキギターとピアノを組み合わせた前奏がステレオから流れだす。  牧野は立ち上がると右手にマイクを持ちスタンバイする。   因みに今牧野が歌おうとしている曲は大学時代にカラオケでよく歌っていた曲で牧野曰く、ある有名なアニメのオープニングの元になった曲らしい。    (やっぱりこれか……予想はしてたけど喉酷使しすぎだろ……)  俺は内心心配だったが牧野はスッと息を吸い歌い始めた。  流石一番好きな曲と言うだけあって、今日歌った曲の中で一番歌に感情が入っている。というか、さっきまで歌いまくって疲れた顔をしていたのに今はそれをまるで感じさせない。  どこか暗く物悲しい雰囲気のAメロ……。  だが、サビに入ると物悲しい雰囲気から一転疾走感ある歌詞のリズムに乗って牧野は熱唱し始めた。  聞き慣れた歌詞。俺は牧野の歌声を聞いてハッとした。 脳裏に泣き崩れるミレイナさんの姿が浮かぶ。  牧野は感情を込めて歌い続ける。  歌詞のひとつひとつに反戦や平和への願いが込められている。  音楽でこれ程鳥肌が立ったことがあっただろうか…。  そしてエンディングへと続く終盤のサビ牧野は再び疾走感あるリズムに乗って熱唱し最後は透明感のある高音で歌を締めくくった。  「にしても、よくあんな声出せるよな。お前の喉どうなってんだ?」  俺がそう訊ねると言牧野はカルピスを飲みながら、  「これでもかなり練習したんだよ。強弱の激しい曲だから上手く歌えるようになるまで大変だったんだからww」と笑いながら答える。  音痴の俺にはどう頑張ってもできそうになさそうなことなので少し牧野が羨ましく感じた。  その後何曲か牧野は歌い。利用時間10分前、受付から利用時間間近を知らせる電話がきた。  「どうすんだ?」  俺が子機を片手に牧野に訊ねると牧野は、  「暇だし延長しようよ」と答えた。  恐らくそうなるだろうな〜とは内心予想していた。  俺が受付にカラオケを延長することを告げるとニッと白い歯を見せて牧野は笑って再び歌い始めるのだった。  どれくらいカラオケで暇を潰していたのか外に出たときには辺りは夕闇で暗くなりかけていた。  帰り際、  「じゃあね達也。今日は楽しかったよ」    「ああ、こっちも何かと楽しめた。またな」  お互いに別れの言葉をかける。  そして牧野はママチャリに跨ると右手で手を振り去っていった…。  牧野のママチャリを見届けてから俺は転倒防止用のヘルメットと被り、ロードバイクに跨ると寒空の下早足でペダルを漕いで帰宅した。  ――帰宅後自室でダラダラしていると牧野からLINEが届いた。  メッセージを確認する。  牧野『いや〜達也がいてくれたおかげでカラオケ楽しめたよ。ありがとう。達也はどうだった?』  なんだそんなことか…と思いつつ『まずまず楽しめた』と打ってLINEの送信マークをタップする。  既読がつくと、  牧野『そっか、なら良かった。アタシも楽しかったけど、ひとつ反省っていうか、達也に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」と書かれた文章が送られてきた。  達也『謝らなくちゃいけないことってなんだよ。別に特段お前に謝られるようなことはないとおもうが?』と文章を送ると、少しして、  牧野『じつはさ。あたしのお気に入りの曲。あれウェブでさっき調べたら反戦歌だったんだ。それ知ってあたしなんだか不謹慎なことしちゃったなって…だからそう思っおらなんだか悪い事しちゃった気がして……』 と返事がきた。    どうやら自分の唄った曲が反戦歌だったことを知りこの情勢のこともあって牧野は牧野なりに悪いことをしてしまったと反省しているようだ。  達也『別に気にすんなよ。歌には罪はねぇし俺もそれ聞いて嫌な思いしたわけじゃねぇんだから』  牧野『う〜ん…』  まだどこか気にしてる様子の牧野。  達也『とにかく、俺ももうすぐ寝る。お前も早く寝ろ。じゃあな』 俺がそう文章を送ると『わかった。ありがとう』と短い返事が届き、今日はそれ以降、牧野からLINEがくることはなかった。 俺はLINEのアプリを閉じるとスマホを枕の横に置くと、ベッドに仰向けになった。  to be continued  曲の解説 牧野がカラオケで熱唱した曲は機動戦士ガ◯ダムooの1stシーズン内で使われたオープンニングソングでとして有名で、反戦をテーマにした暗い曲でありながらもアニメのテーマにしっかりマッチした曲でカバーリングされるなどバンドグループと共にアニメを代表する曲として人気がある。                                                                                                                                                                                                                                                                   
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