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12話【未遂の真相】
ミレイナさんの病院に行った日から月日がだいぶ経った。
心地よい春の陽気、道端の桜の樹には薄ピンク色の花が咲き、大勢の花見客がカメラ片手に撮影している姿が見受けられる。
俺はというとそんな賑やかな光景を横目にロードバイクで警察署に向かっていた。
これで警察署に顔を出すのは2度目だ。
理由は捜査の結果、ミレイナさんが自殺を図ったことに事件性がないとわかったことから証拠品として保管していた本人(ミレイナさん)の私物を知人である貴方に返すから取りにくるように。と昨日の夜警察から電話があったからだ。
警察署に着くとまず総合案内の窓口に向かった。
そこで来た理由を話すと指定の課に行くように言われた。
指定の課の窓口に来て再度来た理由を窓口の警官?に話すと、少しお待ち下さいと言われた。
廊下に置かれた黒い光沢のあるソファにしばらく腰掛けて待っていると名前が呼ばれた。
窓口の警官から。
ミレイナさんが自殺未遂をした件に関して捜査の結果事件性がないことがわかったことから証拠品として預かっていた品々を入院中の本人に代わって知人である貴方に返すといわれた。
目の前に彼女のスマホや外国人登録証明書が置かれる。
スマホの液晶には無惨にクモの巣状の傷が入り、電源ボタンを押してみるがバッテリーが切れてしまっているのか落下の衝撃で壊れてしまったのか電源は入らない。
外国人登録証明書も土埃で汚れてしまっている。
「ありがとうございました。それでは……」
そう言って軽く頭を下げ警察署を出ようとしたときだった。
「お、あん時の坊主じゃないか」
ふいに野太い声の男性に声をかけられた。
声の方に振り向く、声をかけてきたのはミレイナさんとの関係について色々聞いてきたあの刑事のおっさんだった。
刑事は右手にタバコを持ったままゆっくり俺の方に近づいてくるなり、
「ちと話しようや」
と威圧感のある声で言ってきた。
断ろうとも思ったが刑事の存在感に断ることはできなかった。
喫煙室で俺は刑事に今日署に来た理由を話した。
刑事はタバコを吸いながら俺の話を黙って聞いている。
タバコを吸っている姿は反社の組長のようだ。
そしてタバコの煙と一緒に息を吐きながら、
「捜査の結果、彼女さんの自殺未遂に事件性はなかった。よかったな」と言った。
「…………」
事件に巻き込まれてなかったことは喜ばしいことだがミレイナさんが自殺を図ったことには変わりない。
俺が黙っているとふと刑事が俺に訊ねてきた。
「なぁ坊主。坊主は自殺を考えたことあるか?」
「え?まぁ……2回ほど……」
俺がそう答えると刑事は更に訊ねてきた。
「理由は?」
そう言われて俺は1度目は失恋、2度目は職場の人間関係が原因だったと話した。
すると刑事はタバコの煙を口から吐きながら言った。
「死のうとする間際、怖くなってやっぱりやめようって、思わなかったか?」
確信を突かれたようなその言葉に俺はゾクッと鳥肌が立った。
なおも刑事は続ける。
「半端な気持ちで死のうとすると普通なら寸前で怖くなるもんだ。普通はそうだ。けど、精神の限界まで追い詰められてるとそうはいかん。坊主の彼女さんも限界までの追い詰められてたんだ」
どうしてそう言えるのかと俺が尋ねると刑事はA4サイズの大きさで、上から下まで等間隔に横線の入ったノートの紙を「これは病院に行ったときに坊主の彼女さんから聞き取りをしたときのもんだ」と言って俺の目の前に差し出した。
2023 年2月15日の日付と〘聞き取りの結果〙と書かれた文字の下に質問形式で聞き取りをした内容が書かれていた。
書いてあるやり取りの内容をひとつずつ目で見ていく。
Q何故命を絶とうと考えてたのですか?
Aもう精神的にも肉体的にも限界だったからです。
Qその原因は今回のロシアの戦争と関係ありますか?
Aはい。
Qお答えできたらで構いません。その戦争で貴方は大切な人を亡くしましたか?
Aはい。友人と兄を亡くしました。
Q他に何か辛いことがありましたか?
A兄を亡くしてしばらく経った後突然両親と連絡が取れなくなりました。
Qなにか心当たりはありますか?
Aロシア当局に拘束されたかもしれません。理由はわかりません。
Q報道などでロシア国籍の人達が差別を受けていることが問題になっていますが、貴方も何か被害に遭ったりしましたか?答えられたらで構いません。
Aユーチューブで反戦を訴える動画を配信の際、酷いコメントをされるようになりました。
Q誹謗中傷を受けたということですか?
Aはい。
Q具体的にどのような内容のコメントをされましたか?
A思い出したくありません。
Qこれが最後の質問です。貴方の自殺は自ら行ったものですか?それとも誰かに脅されてしたものですか?
A自分でやりました。
このような内容の文章がずらっと書かれていた。
「…………」
事実を知れて良かったと思う半面見なければ良かったとも思ってしまう。
すると刑事は俯いている俺に言った。
「……坊主が彼女さんのことどう思ってるのかは知らん。けど彼女さん。最近坊主が見舞いに来てくれなくて寂しいって言ってたぞ。せめて顔だけでも見に行ってやったらどうだ?」
今思えばそれは刑事なりの思い遣りだったんだろう。けど、このときの俺にはただ鬱陶しく聞こえるだけのおせっかいな言葉にすぎなかった。
「うるさいですよ。赤の他人の貴方に何がわかるんですか?それに俺が病院に行っても彼女の病気を治せる訳じゃないんですよ?そんなの無駄足じゃないですか……」
自然と屁理屈が口から出る。
自分で言うのも何だがクズな発言だったと思う。
そんなクズ発言をした途端、刑事の顔が鬼の形相に変わり、怒号が飛んできた。
「屁理屈ばかり言いおって!!不貞腐れるのもいい加減にせい!!病気を治すのは医者の仕事だ!それに色んなものを失って傷ついた彼女さんの気持ち坊主なら分かるだろが!!彼女さんのこと大切じゃないんか!?」
刑事の気迫とその重い言葉に俺は「すみません……」とひとこと謝ることしか出来なかった。
すると、刑事は一息つくと、
「どうするかは坊主に任せる。ただ、後悔はするな」
と言ってタバコを吸い殻にこすりつけると俺に背中を向けて喫煙室から出ていった。
喫煙室のドアが閉まり、革靴のコツコツという音少しずつ遠ざかっていく、
「そろそろ出るか……」
俺もタバコを吸い殻にこすりつけるとタバコの煙がまだ残る喫煙室を出て警察署を後にした…。
――夜。俺はベランダに出てタバコを吹かしながら暇を潰していた。
(せめて顔だけでも見に行ってやったらどうだ?)
(色んなものを失って傷ついた彼女さんの辛さ、坊主なら分かるだろが!!彼女さんのこと大切じゃないんか!?)
刑事の言っていたことが頭に響く。
「……少し緊張するけど、次の休日にでも見舞いに行こう」
自分を鼓舞するように呟くと俺はフゥ〜と夜空に向かってタバコの煙を静かに吐いた。
to be continued
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