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【プロローグ】
俺は新垣達也。妻とひとり娘の3人で暮らしている。
ふと、1階から妻の俺を呼ぶ声がした。
「タツヤ〜ご飯できたよ。降りてきなよ〜」
「わかった。今いくよ」
そう言って1階に降りるといきなりパンッ!パンッ!と勢いよくクラッカーがなった。
「!?」
何事かと驚いていると、
「タツヤ誕生日おめでとう!バズドラヴリアーユ(おめでとう)!」
「バズドラヴリアーユぅ!」
妻と娘から祝福を受けた。
部屋は金や銀の折り紙で作られた輪飾や色とりどりの風船が飾られ、テーブルには俺の好物が所狭しと並べられていた。
「いやビックリしたぞ。まさかこんなサプライズを受けるなんて思ってなかたからさ」
俺がそういうとサプライズが成功して嬉しいのだろう、妻と娘はハイタッチを交わす。
妻の名前はミレイナ。在日ロシア人のユーチューバーで、その隣にいるのが自慢の娘のミユだ。
「そういえば今日は配信しないのか?」
俺がそう言うとミレイナさんは「今日はタツヤの誕生だから配信はしないの。だって配信も大事だけど今日はタツヤにとって大切な日でしょ?だからお仕事はお休み」と言った。
カレンダーを見ると日にちの部分が赤丸で囲まれ、日にちの下の空欄にピンクの蛍光ペンで「ぱぱのたんじょうび」と書かれていた。
字体からして書いたのはミユだろう。覚えたてのひらがなで一生懸命書いた字を見ると愛おしく思えてくる。
「ありがとう2人とも」
俺がそういうと、ミレイナさんは「どういたしまして」と笑顔で言ってから「ほら、せっかく作ったご飯が冷めちゃう。早く食べよタツヤ」と言った。
ミユも同調するように「一緒に食べよパパ」と笑顔で言う。
俺がソファに座ると隣にミユはちょこんと座り
「ミユ。パパの隣で食べる〜」と言ってはしゃぐ。
なんとも可愛らしい。
家族3人で食事を済ませた後、俺はミユから「これパパにあげる!」と言って似顔絵が描かれた画用紙を渡された。似顔絵は丸と三角を組み合わせた、子供が描く独特の味のある絵だ。特に黒いクレヨンで雑に描かれた髪が笑いを誘う。
「なぁミユ。ミユにはパパの髪はこう見えてるのか?」とミユに優しい口調で訊ねてみた。
絵の自分と実際の自分とではだいぶ髪の見た目が違うと思ったからだ。
するとミユは「だってパパ、每日朝、髪の毛ボサボサだから」とケラケラ笑いながら言った。
妻のミレイナさんがそれを聞いて口に手を当てフフっと笑う。
「あははw確かにパパ、朝寝癖すごいもんなぁ……」
子供の観察力はすごいというが本当に特徴を掴んでいるなぁ…と娘が描いた似顔絵を見て改めて思った。
「ありがとなミユ」
お礼に頭を軽く撫でててやると撫でられて気持ちいいのかミユは頭を撫でられた猫のように満足そうな顔で微笑んだ後スヤスヤと寝息を立てて寝てしまった。
そんなミユを見て妻のミレイナさんがクスッと笑う。
「寝ちゃったか。仕方ない。俺が部屋までミユをおぶっていくよ。ミレイナは先に寝てていいよ」と俺が言うとミレイナさんは「わかった。お願いね。それじゃオヤスミナサイ」と言って先に2階に上がっていった。
「どれ、起こさないようなしないとな……よっと」
俺はミユをおぶって2階へと続く階段を上がる。部屋に着くと先にミレイナさんはベッドで寝ていた。その隣に起こさないようにそっとミユを寝かせる。
2人ともスゥ~スゥ~と静かな寝息を立て安心したような顔で寝ている。
妻と娘が眠るベッドの下でマカロンが身を丸くして眠っているのが見える。
「マカロンも気持ちよさそうに寝てるみたいだな……起こさないようにしよう……」
マカロンはクリーム色の毛並みをしたメスのマンチカン猫のことだ。猫でありながら短足で一生懸命歩く姿はとても可愛らしい。
俺は音を立てないようにそっと2人が寝ている部屋のドアを閉める。
それから自室のドアを開けて中に入ると壁にミユからもらった似顔絵をがびょうで貼る。そしてポケットからタバコとライターを取り出しベランダに出るとタバコに火をつける。
妻と出会ったのは2022年。そうロシアによるウクライナへの軍事侵攻があった年だ。
記憶に残っている人も多いと思う。
「確か妻とは反戦デモで知り合ったんだよな……」
俺は妻と初めて出会ったのがそんな軍事侵攻に反対する反戦デモに参加したのがきっかけだったったことを思い出す。
これは俺が妻と出会い夫婦として結ばれるまでに至る思い出の話。
俺は当時のことを懐かしむようにタバコを蒸しながら星々が輝く夜空を見上げた。
―――――2022年3月。東京……
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