мир エピソード01

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 6話【動員令の現実】  季節は流れ9月。ミレイナさんと牧野の3人で遊んでから3ヶ月が経った。  残暑が残る中秋の気配が少しずつ近づいている。  「ミレイナさん元気にしてるかな……」  俺はスマホ片手にベットに横になって暇つぶしをしていた。  ここ最近バイトが忙しかったり、就活のほうでは求人に応募しまくったり面接に行ったりしていてなかなかデモに行く暇がなかった。  まぁ、結局就活のほうはどの企業からも内定は貰えなかったのだが。  「明日久しぶりにデモに行ってみるか」  そう明日は俺にとって唯一なんの予定もない休日らしい休日だ。  俺は早速ミレイナさんにLINEで明日久しぶりにデモに行くことを送る。  達也『俺だけど、久しぶりに明日デモに参加しようとおもうんだけど。ミレイナさんは参加するの?』  返事はすぐに来た。だが、  ミレイナ『う、うん。まだ考え中……かな……』  気のせいだろうかなんだか元気がなさそうだ。  達也『大丈夫?なだか元気なさそうだけど』  ミレイナ『大丈夫。心配いらないヨ?』  達也『……ならいいけど』  なんだかモヤモヤする気持ちはあったけれど彼女のことは彼女にしかわからない。それに文章のやり取りだけではわからないこともある。だから俺はそれ以上追及することはしなかった。      ――翌日  朝食を軽く済ませ俺はデモ会場に向かった。  デモ開始20分前、会場には既に何人かの参加者の人たちが来ていたが、その参加人数はウクライナ侵攻が始まり、各地で反戦運動が活発だった頃と比べると明らかに減っていた。  特に日本人の参加者の数が少ない。  きっとニュースや情報番組などが大々的に侵攻のことを取り上げなくなったのがその理由だろう。  (随分減ったなぁ……)  そう思っていると……。  「おまたせタツヤ……」  少し遅れてミレイナさんがデモ会場に現れた。  けれどいつもの明るさどこへやらかなりブルーな雰囲気で一目で様子が違うことがわかった。  (どうしたんだろう……昨日のLINEの返事といい、なにかあったのかな。後で聞いてみよう)  少し気にはなったものの俺はミレイナさんと一緒にデモに参加した。  だが、デモが始まってから時間が経っても相変わらず彼女に元気はなく、戦争反対を訴える声もどことなく力が入っていないように思える。  明らかになにかあったであろうことは明白だった。  (これ以上続けるのは今日は無理そうだな……)  そう思った俺は元気のないミレイナさんを連れてデモを途中で抜け出し、以前一緒にお茶をしたスタバに行くことにした。  「ちょっとスタバに行って休もう。なんだか疲れた顔してるし。今日はこの辺でデモは切り上げよう」  「……うん。ありがとう……タツヤ」  突然のことなので断られるかなぁと思っていたが彼女は以外にも素直にその要求を受け入れてくれた。  「いったい今日はどうしたの?なにかあったなら話し聞くよ?」  俺がそう言うとミレイナさんは絞り出すような声で話し始めた。  「…………兄さん。私の兄さんが部分的動員令で招集されたの。昨日本国の両親から電話で連絡があって……初め聞いたときはショックで信じられなかった……」  彼女のその言葉にコーヒーを飲みかけていた手が止まる。  ロシアの部分的動員令のことはこのところニュースで報じられているので記憶に新しい。  内容は、9月21日にプーチンがテレビ演説にて予備役を軍務につかせる『部分的動員令』を発表したというもので、動員対象は軍務経験がある者に限るとしている。だが国民からの反対も多く、また動員を恐れて国外へ脱出する者もいるという。  「ミレイナさんのお兄さんって軍人なの?」  俺がそう訊ねると彼女はお兄さんは自動車整備工場で働く自働車整備士で、軍務経験なんて全くないという。  「え!?じゃあなんで」  ニュースの報道では『動員対象は軍務経験がある者に限る』と言っていた。これだとニュースの内容とミレイナさんの話しとで矛盾が生じる。  すると彼女は深刻そうな表情で、  「兄さんがどういう理由で招集させられたのかはわからい。けど、地域によっては軍務経験がない人でも招集されてるらしいの。ウェブで見たことだからどこまで本当かはわからないケド……兄さんと同じように理不尽な理由で招集されてる人もきっと沢山いると思う……」  と言った。  俺は言葉を失った。  彼女の言うことが本当だとすればこの部分的動員令というのは国民の命を軽視した身勝手な宣言だ。  すると、  「兄さんにもしものことがあったら……考えたくない……もし兄さんが死んだら私は大統領を許さない!絶対に!!」  彼女は机に突っ伏して、涙混じりに感情を爆発させた。  それは家族を亡くすかもしれない不安と恐怖から込み上げてくるのだろう。  俺は想像してみた。  両親はもう死んでいないが、俺たち家族を守る為に銃を持って闘うも敵兵の銃弾に倒れる父さん、敵の空爆に遭い瓦礫の下敷きになって絶命する母さん。俺を庇って機関銃の雨を浴びせられて絶命する牧野。  想像しただけで恐怖で身体が震え上がる。  そう思うと少しミレイナさんの気持ちがわかった気がした。  その後スタバを出た後俺とミレイナさんは近くの公園に来ていた。  公園には子供と手を繋いで歩く家族や、子供たちが元気に走り回ってはしゃいでいる。  すると、  「タツヤ今日はありがとう」  と言って彼女は俺の方を見てニッコリ笑ってから、 「私、ユーチューブ再開してみようと思う。タツヤに会えて気持ち楽になったし、落ち込んでばかりもいられないしね。それじゃまたね」  彼女は右手をヒララ振りながらで去っていった。  俺は別に特別なことはしていない。けれど「ありがとう」と言ってもらえたことで少しでも彼女の役に立てた気がして嬉しかった。    その夜俺は自室でスマホを使って部分的動員令とはどういったものなのか調べてみることにした。  「確か彼女。『地域によっては軍務経験がない人でも招集されてるらしい』って言ってたよな……」  『部分的動員令実態』と打って検索する。  右手の親指を下から上にスクロールして行くと『死者にも令状&少数民族地域に偏り…ロシア動員令酷すぎる実態』というタイトルのウェブサイトを見つけた。  タップして明記された内容を見る。  延々と続く国外脱出を図るロシアの人々の車列の画像が貼られ、下にそれに関連した説明が明記されていた。目で文章をひとつひとつ見ていくと、ロシアからビザなしで渡航できるトルコやアルメニアへの航空チケットを買い求める人が増えているとの内容が記されていた。 だがチケット代の高騰によりよっぽど裕福な人でなければ手に入れられないこと、そして中には小型ボートに乗ってベーリング海峡を渡りアメリカ領のアラスカへ逃亡した人もいるという内容まで記されていた。  「度胸あるなぁ。そりゃ招集なんてされたら命の保証なんてないもんな……」  そう呟いて次の文章を見るために再びスクロールしたときだった。俺は『投獄されるので行くしかない』と書かれたタイトルに目が止まった。  「投獄?どういうことだ?」  明記されている内容を一文字ずつ目で追って読んでいくとそこには信じられない内容が記されていた。  以下はその内容の一部。  21日に発令された動員令で招集されるのは、軍務経験のある予備役2500万人のうち約1%の30万人ほどが対象とされる。しかしロシアの独立系メディア『ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ』は、ウクライナでの苦戦を打破するため実際には100万人が招集されると報道。予備役だけでなく、ロシア人男性がみさかいなく兵役につかされる実態が明らかになっているのだ。 「ロシアのSNS『テレグラム』に投稿されたのは、32歳のIT技術者の悲痛な声です。彼は軍務経験もなければ、軍事的な知識もまったくなかったとか。 しかも令状が届き軍関連施設に行くと、その日のうちに『訓練に参加しろ』と命じられたと訴えています。 男性は『断れば投獄されるので行くしかない』と語っていました」  この内容だけでも肝が冷えるが、他にも9年前に死亡した人に令状が届いたり、見せしめとして、政府に反抗的な人が招集されるケースが目立っているという胸糞悪い内容のものまであった。それ以外にも「おいおい、なんだこのめちゃくちゃな理由は……」と呆れてしまうような招集の実態が赤裸々に明記されていた。  「これがミレイナさんが言ってた理不尽な理由ってやつか……」  俺は今日スタバで彼女が言っていた言葉を思い出す。  記事の内容に信憑性があるかないかはともかく、招集される者の家族としてはこれ以上不安なことはないだろう。 それに招集が嫌で逃げ出す者もいて当然だ。  俺はスマホをいじりながらに考える。  「特別軍事作戦」という名目でウクライナへ侵攻し、核で各国に脅しをかけ、戦場で自国の軍隊がウクライナ軍の攻撃で大打撃を負っても病的なまでに勝利に執着し、戦局が悪化すると今度は動員令を発表。  プーチンは演説で「軍務経験のあるものに限る」と言ってはいるが実際はロシア人男性が見境なしに戦地に送られている…。  「ヤツは悪魔かよ……」  俺は天井を見ながら呟く。  そして日本人で良かったと思うと同時にロシアに住む人たちがとても気の毒に思えた。  to be continued                                                                                                                                                                                                                                                                                             
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