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私の知ってるデートと違う
進捗ダメです。
土日をまるまる実家の大掃除に潰して、それから週の半ばが過ぎた。
未だに実家は半分しか片付いていない。45Lのゴミ袋は何十袋出したことか。数えたくもない。パッカー車のお兄さんの苦笑いが忘れられない。
たぶんこれ、1週間では片付かないかもしれない。やばい。
「上里さん、寝不足?」
朝礼ミーティング後。事務所に向かいつつ軽くあくびをすると、横から鳩山さんに話しかけられた。
「はい。ちょっと大掃除が長引いていまして」
「長引く? 引っ越しでもするの?」
「いえ、大晦日になにもしていなかった報いです」
「あー、かーちゃん任せだったなさては。ダメだよ、ふだんから自分でする習慣つけないと」
ごもっともです。失ってはじめて親の偉大さを噛み締めております。
クマできてるから無理はすんなよ、と鳩山さんは気遣ってくれた。
化粧で隠してるつもりだったんだけどな。
迎えた午後のこと。
連日の整理整頓で、私の疲労は眠気とともにピークを迎えていた。
あくびを噛み殺しつつ、いつもの出荷作業をこなしていく。ようやく手元のメモでチャートをなぞらずとも、自力でできるようになってきた。
「あれ?」
隣の応接室から、部長が首をかしげながら戻ってきた。
「上里さん、軍手ってまだ残ってる?」
「少々お待ち下さい」
オフィスキャビネットを開けると、中身は空になっていた。
軍手は頻繁に取り替えるため、現場の社員さんは1人何枚かにまとめて作業前に持っていくことが多い。
事務所に置いている奴は予備用だから、そこにもないということは……
「またですか。消耗品を無くなってから言われても困るんですけど」
私だけに呼びかけたことが気に食わなかったのか、狭山さんが椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
無言でハンガーからコートを引ったくると、自分の席からバッグを取って立ち去っていく。
「少々席を外します。上里さん、電話応対よろしくね」
「あ、は、はい」
こちらには一切目も向けない。
隔てるようにドアが閉まって、やがて車の排気音が遠ざかっていく。
部長がはーっとため息を吐いた。
「そんなにイヤイヤ行かなくても。こっちが買いにいくのに」
上里さんはああならないようにね、と残して部長も現場へと戻っていった。
たった1週間とちょっとでも、同じ空間にいれば人間関係はなんとなく分かってきてしまう。
あんな露骨に嫌ってますオーラ出されちゃ、部長だって話しやすい人を選んで話すわいって思っちゃうんだけど。
……私もちゃんと在庫をチェックしないとな。
取り急ぎWordを立ち上げて、でかでかと文字が強調されたコピー用紙を備品の棚へと貼り付ける。
貼り紙には『最後の一つを取られた方は事務員までお知らせください』と打った。
これで少しは効果が出てくれるといいな。
「…………」
口に手を当てて、何度目かのあくびを噛み殺した。
あくびが続くと、経験上だいたい発作を引き起こす。
疲労によって呼吸が浅くなるから、脳にうまく酸素が回っていない表れだ。
加えて狭山さんがいないため、電話や来客応対は私に一任されている。
逃げ場のない状況だ。まずい、この図式が結びついてしまうと……
「…………」
ほら来た。きゅっと締まった喉から大きく息を吐いて、深呼吸をする。
誰もいない事務所というのが幸いしたのか、症状自体は軽めだ。
週末までに片付くかわからない、それがストレスになっているんだろうな。
ううむ、本庄さんになんて説明しよう。
「お疲れ様です」
なんで連続でフラグ踏み抜くかな私。
早いうちに会って伝えとけってお触れかもしれないが。
当たり前のように本庄さんは工場長の席に座ると、PCを起動した。何やらかちゃかちゃとキーを叩いている。
「あ、web会議の設定です。ついでに不要ファイルの整理も。ハッキングして乗っ取ろうってわけではないので」
本庄さんにしては珍しいジョークを飛ばしてきた。
事務員ってなんでも屋になりがちだけど、実力主義らしいこの会社では本庄さんがなんでも屋と化している。
「zoomくらいググれば解説サイトあるんですから、PCできそうだからって私らの世代に押し付けられがちですよね……」
「…………」
返事はこない。本庄さんは戸惑った顔で、対面に座る私を見つめている。
ん? 何かしたっけ?
視線の先を確認してようやく、私の左手が首元を抑えていたことに気がついた。
「焦らなくて大丈夫ですよ。お電話でしたら代わりに取りますので」
発作を悟られた。
でもそれは甘えられない。そもそも体調管理を怠っていた私のせいなのに。
「軽めなのですぐに治まると思います。ご心配をおかけしてすみません。単なる寝不足なので」
「そういえば……クマができていますね」
少し言いづらそうに小声になると、本庄さんは自分の目元を指差した。
鳩山さんに続いてか。けっこう分かっちゃうものなのかな。
「わたしも夜ふかしすることがあるのであまり大きなことは言えませんが、睡眠時間は大事ですよ」
「そうなのですが、大掃除がなかなか終わらなくて……」
「……大掃除?」
「あの、今週末会うじゃないですか。でもちょっとうちごちゃついてて、それで土日から片付けやってるんですが想像以上でして」
普段からやっとかないとダメですねー、と軽く笑い飛ばすつもりだったが。
本庄さんの顔つきはだんだん険しく色を変えていった。
「それは立派な時間外労働です」
……ん?
「すみません、浅はかな提案でした。普通のデートでしたら行きたい場所に向かえばいいだけですが、おうちデートでは準備として、まず掃除の手順があることを見落としておりました」
ものすっごい神妙な言い回しで、本庄さんは頭を抱えている。
そこまでか?
「おうちだけにテレワークだと思っていただければ」
「契約上は週休5日です。平日にまで残業を持ち込んで本業に影響が出ているとあれば、完全に労基です」
あくまで本庄さんは雇用形態にこだわるらしい。
土日にやれる範囲での片付け、平日はこまめな清掃程度でタスク管理できなかった私にも問題がある。
「上里さん、リスケしましょう。週末はわたしも手伝います。今夜からゆっくりお休みになってください」
「そ、そればかりはさすがに。普段からまめな掃除を心がけなかった私の責任ですし」
「気軽におうちデートを提案したわたしの責任でもあります。大丈夫です、片付けのコツ等は教わっております。知り合いに転勤族の方がおりますので」
本庄さんは一歩も譲る気配がない。
単なるデートを真顔で副業の一環として熱弁しているものだから、ギャップに不覚にも吹いてしまいそうになる。
「すみません。わたしにできることがないか、熱くなってしまって……」
食い入るように詰めてきた話し方から一転、本庄さんはしゅんとうなだれて声もしぼんでしまった。
「構いませんよ。私も同じような考えでしたから」
いつまで続くか分からないけど、自分に好意を持ってくれている人をがっかりさせたくない。
本庄さんのために働く。彼女に尽くす。単純なスペックでは何一つ及ばないけど、良い時間だったと思ってもらえるように環境づくりは妥協したくない。
「では、週末はよろしくお願いいたします。あの、ちゃんと睡眠は取ってくださいね」
「わかりました。……本庄さんも、あまりお仕事は抱えすぎないでくださいね」
互いに会釈して、ふたたび今の仕事へと私たちは戻る。
はじめてのデート? が大掃除か。考えるまでもなくデートではないな。
そういえばデート費用って、私自身で支払うんだよな。
いったい何をどれだけ差し出せばいいんだろうか。
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